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    • 2012.09.03 Monday
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    久しぶりに更新しました

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        ブログを久しぶりに更新しました。
       更新内容は、赤のエージェントの一章一節から三節の構成を変えただけという内容です。さっさと終わらせるべきなんですが、先月からなんとなくゲーム制作を始めたりして結局やりたいことがあっちこっち飛んでます。
       俺の事なので、きっとゲームも完成させられないと思いますが、システムだけは作り上げたいなぁと思ってしこしこやってます。
       『旅』を楽しんでもらえるようなコンセプトの見下ろし型2DRPGを構想しています。
       使用ツールはウディタことWOLF RPGエディター。基本システムを改造して徐々にオリジナルの物へと作り変えています。今作っている部分は、アクションだかRPGだかよくわからない境界の部分です。というか、色々詰め込もうとしすぎ、一部詰め込んでいて、一つ一つの要素はきっと楽しいものだとは思いますが、全体のバランスはよく分からないです。そこが面白いかどうかは出来上がってからプレイしてくださるみなさんにお任せします。
       これからもちょくちょく更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

      三章 四節 晴天に願いをかけて

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             一章 一節 プロローグから読む方はコチラ

         新聞の天気予報には今日から三日間雨が降るとあった。しかし、もう十二月も目前だというのに、そんな予報を裏切って、太陽は強い熱と光で雲を追い払っている。
         俺とアイはパンナに付いて回り、ジュノ下層区を中心に聞き込みを行っていた。一年前から続くネオモスタミン絡みの捜査によると、ジュノ国内での麻薬売買に限ってはこの下層区が一番盛んだそうだ。けど、休日から三日目になるのに、一向に目ぼしい情報を得られない事にパンナは苛立っているようだ。――いや、俺がぴったりと張り付いているせいで身動きができないことに、かもしれない。
         本来ならこの聞き込み捜査によって地道に情報をかき集めて、スコルニクスのようなバイヤーの後を追い、ルートを一つずつ潰して行くんだろう。今頃、エア達も同じようにどこかで聞き込みをしているはずだ。だが、俺とパンナの事情は違う。おそらくパンナの目的は、バイヤーを見つけて秘密裏に『処理』することだ。そして俺はその行き過ぎた凶行を止める。……イカレた捜査だ。
         十一時を回った頃に少し休憩を取ろうという話になり、ワーグデーグ魔法書店の壁に三人でもたれこんだ。パンナの提案でこの時間を利用し、三日間の間に何か気付いた事はないか、と意見を出し合う事にした。通りを見渡すと昼間はやはり人が多く、行商人も冒険者も街の人間もみんな、本格的な冬に入る前の準備をしていた。アイが、『自分が気になった事』と称するろくでもない情報――老人を介護していた若者がお酒臭かったとか、主婦なのに指に包丁の傷痕が無かったとか――を一所懸命パンナに説明している。料理で手に傷を作ってしまうのは、おまえに技量がないからだ、と心の中で突っ込みを入れつつ、大半の話を聞き流しながら街行く人々を眺めていた。
         すると、一匹のゴブリンがワーグデーグ魔法書店の前に立ち、挙動不審な動きをして店へと入っていった。
        「ゴブリンが魔法書店へ行くなんて珍しいねぇ。少し話を聞いてくるタル」パンナも怪しげなゴブリンに気づき、その後を追っていった。
         パンナが店の中に消えた丁度その時、アイの使用人であるミクロロが視界に入り、小走りで駆け寄ってきてアイに声をかけた。
        「お嬢様、お手紙が来ておりましたのでお届けにあがりました」
         ミクロロは以前会った時と同じ様に、赤く長い髪を小さく後ろに結っていた。料理の途中で出てきたのかエプロン姿のままだった。もちろん、手に傷などない。
        「ミクさん! またお父様から? でも、わざわざ届けてくれなくてもいいのに」アイが眉をひそめている。
         アイは、ジュノへ出てきて五年経った今でも、親父さんと二日に一度は手紙をやり取りしている。いつまでも子離れできない親父さんに、ほとほと困ってるようだ。
        「いえ、ご主人様からではなく、立派な恰好をしたミスラの女性が家に来られて、『なるべく早くアイ様に渡してもらえますか』、とだけ言ってそそくさと去っていきました。もしかしたらお仕事の件でお急ぎかと思い、慌ててお嬢様を探しに来たのです」
         ふぅん、と言ってアイは封筒を受け取り、手のひらの上でまじまじと眺めている。「急いでるのに手紙なんて変なのぉ。それに、わたしにはミスラさんのお友達なんていないのになぁ……?」
         手紙の入った封筒は、緑色の封蝋で閉じた簡素な趣だった。封筒には宛名も、差出人の名前も住所も書いていないようだ。
        「では、私はこれで失礼します。……お嬢様、あまり危険な事はなさらぬように」言った後に、俺にぎょろりと目をむいて去っていった。
        「ミクさん、ありがとねぇ!」アイがミクロロの背中に大きく手を振った。
         ミクロロは俺の事を相当嫌っている。サンドリアの屋敷を離れなければならない事、アイが傭兵になり危険な仕事をしている事、その原因となった俺が憎くて仕方がないようだ。……前に、アイの家にお邪魔した時は、ひどく塩辛い豆のスープをご馳走になった事があったな。その夜は、塩分の取りすぎで足がシモカブみたいにむくんだ覚えがある。二度と行くものか。
         アイが封筒を開封して中を覗く。
        「あれぇ? 中に手紙ともう一つ封筒が入ってる! ……んーっと」と、封筒の中に入っていた手紙をアイが声に出して読み始めた。
        「“アイ様、私はビッフェと申します。急なお手紙を差し上げる事をお許しください。早速ですが、お願いがあります。この手紙に同封してある封筒をソレ様に渡して頂けますか? とても大事な用件でソレ様にお話があるのです。後日、改めてアイ様にも挨拶に伺いたいと思いますが、今はどうしてもはずせない用事があり、この手紙をもって挨拶に代えさせて頂きます。ご無礼をお許しください。”」
         ビッフェ……、パーパか。どうしてアイに手紙を送ったんだ? 
         手紙を読み上げたアイはぷるぷると小刻みに震えて黙っていた。その様子に、ただならぬ予感を感じとり、静かに声をかける。
        「ア、アイ?」
        「誰……」
        「えっ、いや、ただの友達だぞ!」
        「友達って誰なの。ソレにミスラさんの女友達がいるなんて知らなかったなぁ? どこで知り合ったの? ……前にエアさん達と顔合わせをした日、キョウシロウがミスラさんのえっちなお店の話をしてたけど、……あの時、様子がおかしかったよね?」
         げぇ! 妙に勘がいい! なんでこんな時だけ名探偵ばりの勘の良さなんだよっ!
        「ち、違う!」違わないけど。
        「何が違うの? この前の休日に私にあれだけの事をしておいて……」と、言いかけて顔を真っ赤にしている。二人で飯を食べに行った時の事を思い出して自滅したようだ。
        「と、とにかく、ソレは説明する必要があるよ!」
        「別にやましい事なんて何もないって! それ、よこせよ!」アイの持っていた封筒を奪い、「ちょっと外すから、パンナに言っておいてくれ! あと、絶対にパンナと一緒にいるんだぞ!」と、アイの表情を確認しないまま背を向けて走った。
        「言われなくても、もうずっとパンナさんのそばにいるんだからっ! ソレのばかっ!」
         走り去りながら、アイのつんざくような叫び声を浴びて呟いた。……パーパの馬鹿……。

         一人静かな路地へ入り、アイから奪った封筒を開封する。中には、手紙一枚と真珠の耳飾りが入っていた。
         手紙には、“ソレさん、先日はあのような姿をお見せして申し訳ありませんでした。中途半端に投げ出す事は、自分だけでなく友人のパンナにとっても不義理な事でしたね。今更何を、と思われるかもしれませんが、微力ながらソレさんをお手伝いできたらと思っています。承知頂けたなら、人気のない場所で同封の耳飾りを着けて、指で二度弾いてください。それでは……”と、書かれていた。
         ……パーパ、助かる。
         書いてある通り耳飾りを左耳に着け、人差し指でこつこつと二度弾くと、耳飾りが、ぶつっ……、と音を立てた。
        「……ますか? ソレさん、聞こえますか?」
         うおっ! と声を発して驚き、辺りを確認するが誰もいない。だが、なおも声は続いた。
        「ソレさん、聞こえていたら話してください」パーパの声だ。
         み、耳飾りから、か? 「あ、あー。き、聞こえてるぞ。……これでいいのか?」
        「はい、大丈夫です。まずは、……ありがとうございます。勝手に降りて、また勝手に戻ってきて……」
        「いや、いいんだ。助かる」言いながら耳飾りを撫でる。「それよりこの耳飾りは一体何だ?」
        「はい、その真珠の耳飾りは『リンクパール』と言って、遠く離れたもの同士でも会話をすることができる魔法の耳飾りです」
        「ジュノにはこんな物まであるのか?」
        「いえ、それの原型は今より遥か昔に、ウィンダス連邦の英雄が開発したそうです。……失われた技術ではありましたが、近年ジュノ技術部では監視と防犯のための技術開発が進んでいるんです。まだ不完全ではありますが、リンクパールはその一環で蘇った物なんですよ」
         なるほど。原理は全く分からないけど、こんな物を作ってしまえるからバストゥークも脅威と感じるわけだ。
         ――ふと、左手の大通りから視線を感じてそちらに目を向けると、ヒュームの女の子がじっとこちらを見ていた。
        「ママー、あのおじちゃん一人で喋ってるよー?」
        「しっ! 見ちゃいけません!」母親が、女の子の手を引っ張って立ち去っていった。
         俺は麻薬でおかしくなったおじちゃん扱いか。
        「……使いどころに困るなこれは」
        「慣れですよ。……と、言っても、それは試作品の中でも質が悪く、廃棄された物を特別に譲ってもらったのです。慣れさせてくれる程、長くは持ちませんが」
        「そうなのか。あと、どのくらい持つんだ? ……いや、そんなことより、どうしてこんなまどろっこしい事を? パーパのせいでアイに変な疑いを持たれたぞ」
         ふふふ、と小さく笑い声が聞こえた。
        「な、なんだよ?」
        「すいません、わざとやりました。ふふふっ」
        「はぁー? アイのやつ本気で――」
        「冗談ですよ! ソレさんをからかっただけです。……どうやら私が動くのを良しとしない人物がいるようです」
        「……パンナか?」
         パーパは、「はい、おそらく」と、言ったきり黙りこんだ。パーパは耳飾りの向こうで思案を巡らせている様だ。しばらくしてパーパが話し始めた。
        「……四日前、ソレさんが局へお越しになった時に、私がお見せしたカプセルを覚えていますか?」
        「ああ、覚えてる。確か、プレなんとかっていう薬で、麻薬で精神錯乱を起こした患者を正常な状態に戻せるとか……だよな?」
        「そうです、『パナケイアパウダー』です」
         一文字も合ってないな。このだらしがない脳みそもカプセルで治らないか?
        「まだ治験の段階が二つ目に進んだばかりだったのですが、順調な成果に慢心し、外に持ち出した挙句パンナに奪われてしまったのです。私もサンプルの一つくらい良いかと思い、そのまま譲ったのですが……、その事が後に響くとは思いもしませんでした。私が彼を助長したも同然です。
         一昨日になって研究室に、ある報告が上がってきました。『モンブロー大病院に入院している、新型麻薬で精神錯乱を起こしていた患者の状態が何故か改善していた』、と。
         どうやら、その患者のご家族が局へお礼を言いに来たそうなのです。『お礼はいりません。麻薬取締局研究室からの贈り物です』と、書かれた手紙を持って……。手紙は、ご家族の家の郵便受けに入っていたそうですが、二十五日の朝にはそのような手紙は無かったそうです」
        「そのパナなんとかには副作用はないのか?」
        「……もちろん、危険は絶対にない、とは言い切れませんが、現段階において副作用は確認されていません。ただ新型麻薬は、強力な毒性を持ったキノコ類から作られている事が最近分かったのですが、その毒に肺を侵されてしまうんです。それが原因で呼吸が不安定になる事もありますので、カプセルを飲む時は多少注意が必要でしょうね。……きっと青い歯車の構成員達の体も無事では済まないでしょうね」
         パンナはパナなんとかを使って、大病院にいた患者からスコルニクスの情報を聞きだしたってわけだ……。ついでに邪魔な幼馴染の機先を制した、と。どうやら、俺とパーパが繋がって情報をやり取りされると困るみたいだな。
         ……けど、パーパが全てを白状すれば、パーパもろとも自分も処分を受けることになるはずだ。……なぜ、そんな危険な賭けを……?
         しかしパーパ、よりによってアイに手紙を出したのはどうなんだ……。アイのやつ、手紙の内容を平然と口に出して読み上げてたぞ。……アイという人物の調査不足だな。まぁ、何事もなくリンクパールで連絡は取れるからよしとするか。
        「その手紙の筆跡から誰が書いたものなのか分からなかったのか?」
        「ええ、私がパナケイアパウダーを持ち出した事はお分かりの通りですが、内部監査も局内部に不正に外に持ち出した者がいると断定し、全職員の筆跡と照らし合わせたのですが……」
        「ハズレ、か。……なら、ティルを。セイントのティルダの筆跡と照合してみてくれ」
        「え! どうしてソレさんがティルダさんを?」
        「今更どうしてもこうしてもないだろ。パーパがセイントに目をつけてたんだろ? ……パンナとティルが協力してる可能性だってあるんじゃないのか?」
         ティルは俺がパンナに近づくのを嫌がっていた。考えたくないけど、ティルがパンナの凶行に手を貸している可能性はある。そうなると、ティルの言う、『麻薬取締局には青い歯車の首謀者がいるかもしれない』、ってのは、俺の目を他に向けるためのハッタリかもしれない。
         前に進むためにもティルへの疑念を晴らすためにも、この筆跡鑑定は重要だ。……いや、それでも疑念が晴れるわけじゃない。ティルが直接手紙を書く必要もないって事は分かってる。仮にティルが関わっていたとしても、筆跡なんて出てきやしないだろう。でも……、
        「……キョウシロウ、ジェイ、ゾッド、テール、ウォーフの鑑定もついでに頼む」こいつらのも出て来ないだろうが、こうなりゃヤケだ。
         俺のあまりのヤケっぷりに、パーパは言葉を失ってしまったようだ。驚きのあまり息を呑む姿がありありと目に浮かぶ。
        「……いいんですか?」
        「やってくれ。……パーパ、あまり時間がないんだろ?」
        「……ええ、国から巨額の研究資金を貰って、ようやく実用レベルに近づいてきた薬ですから。そんな物が漏洩したとなれば、内部監査の手が緩む事はないでしょうね」
        「パーパ……」
        「いいんです。これは私の不注意がもたらした結果ですから」パーパの声には、諦め、とひとくくりにできない力強さが宿っていた。
        「なら、パーパ。俺はこのままパーパの力を借りたい。……自分でもなぜだか分からないけど、この手でパンナを止めたいんだ。だから、内部監査に自白するのを待ってくれないか」
        「ええ、もちろんそのつもりです! ……ですが、パンナの目的が私の行動を制する事なら、私が表立ってソレさんに協力する事はできません。これ以上私が下手に動いて、彼がさらに強硬な手段を取ってこないとも限りませんから……。今後、連絡の一切はこのリンクパールで取り合うことにしましょう」
        「ああ、分かった」
         まだ疑い切れない。確認したいんだ、パンナの信念ってやつを。きっと俺が捨てちまった何かをあいつはまだ持ってる。それは、ずっと力強く握って歪んじまったものかもしれない。けど……
         何にせよ、もうパーパは後には引けない。――なら俺だって。「……赤魔道士に弱点はないのか?」
        「弱点、ですか? 赤魔道士は、魔法も剣術の腕も国からのお墨付きですよ……って。えっ! もしかしてパンナと剣を交えるつもりで――」
        「可能性の話だ。……今回の事でパンナがどのくらい本気なのかはもう分かったろ? 俺だって覚悟を決めなきゃ返り討ちにあうかもしれないんだ。もし、弱点になるような事があるなら教えてくれ」
         と聞いてみたものの、パンナとの共闘を思い返してみれば、そんなものあるのか? と、不安になる。――風を操って空を舞い、剣に電撃を宿して触れれば気絶させる。……あれは剣術って次元じゃないぞ。
        「……弱点、と言えるかは分かりません。ですが赤魔道士であり、麻薬取締局の捜査官であるパンナには足かせがあります」
        「足か……せ? そ、そんなものがあるのか?」
        「あ! 過度な期待は禁物ですよ!」
         パーパは、うーん、と小さくうなり始めた。低音が響いて耳元がくすぐったい。
        「ど、どうした? どんな些細な事でもいいから教えてくれ!」
         少しでも、敵を知らなければ勝ち目はないんだ。
        「……赤魔道士のレイピアを用いた白兵戦魔法剣術は、主に、火と風と雷の精霊の力を行使します。精霊の力を行使するということは、すなわち自分の魔力を餌とし、対価として力を借りるということです。魔法剣はその特性上、剣にその力を宿し続けるため――」
        「魔力を垂れ流し続ける、ってことだな?」
        「はい、その通りです。そして、捜査官である以上、容疑者を捕える事が先決になります。……ここに、彼の足かせがあります。
         火の魔法剣は、殺傷力が高く魔力の消耗も大した事はありません。ここに、赤魔道士の強さが集約されていると言っても過言ではないでしょう。ですが、風を巻き起こして自身を浮遊させたり、追い風で瞬発力を得る。剣に雷の力を宿して相手を傷つけず気絶させる等、魔力の消耗が激しいだけでなく、魔力の調節が難しいものもあるのです。……膨大な魔力の消耗、そして調節。これらの事が術者を弱らせるのです」
        「つまりパンナは容疑者を捕えるために、あえて消耗の激しい魔法を行使しなければいけないってことか。って事は……」
        「そうです。……が、捕える必要がない場合、その力を効率よく使うでしょうね」
         なんてこった。……これは、確かに弱点じゃない。
         パンナが容疑者を捕えようとする時、それは同時に容疑者を殺しもしない時だ。ここにパンナを止める理由は無い。そして、殺そうとしている時は最小限の魔力で仕留め、余力で俺と戦える。――結局、『止められない』じゃないか。 
        「くそっ!」もたれている壁にこぶしで殴りつけた。
         クロスボウを切り札にするしかない。……今のままじゃあまりにも頼りないが。
        「……すみません。これでは逆にソレさんを不安にさせただけですね」パーパが声を落として言った。
        「いや、パーパのせいじゃない。俺が今まで怠けてたせいだ」
        「ソレさん……、気休めにしかなりませんが、覚えておいてください。風と雷の魔法剣の使用限度は六回程度です。風を纏って五人も気絶させれば、魔力は尽きるでしょう」
        「ああ、覚えておく。パンナに対してハッタリをかます程度にはなるかもしれないしな」
         あ! と、パーパの驚く声が聞こえ、後ろから何人かの声が混じりあって聞こえ始めた。どうやら、パーパのいる場所に誰かが来たようだった。
         囁き声でパーパが話す。「ソレさん、内部監査人が来られました! 情報を集めるなら、エア捜査官に会ってください! 上級捜査官の彼なら貴重な情報をいくつも持っています。それに、パンナをセイントに配置したのも彼です! それとリンクパールは外しておいてく――」
         ぶつっ、という音と共にパーパの声は途絶えた。
         ふぅ、とため息を一つこぼして耳飾りを外す。壁に全身を預けて、「……忙しい展開だな」と、一人ごちた。
         パンナはこの先どう出る? おまえの信念って本当は何だ……? ――ぼーっと焦点を合わさず、ただ目を開いていると、目下の建物の壁に、日の光が反射して一瞬目が眩んだ。こんな狭い路地にも光は届いてくれる。明日も明後日も、……この先もずっと天気予報なんて裏切って晴れて行けばいいと思った。

         エアと二人でハチミツ酒亭に足を運んでいた。座ったのはカウンター席でも一番奥、店の中で最も静かに話をできる席だ。
        「そうですか。アイさんは自分なりの視点で捜査をしているんですね」
         エアはにこやかな顔で、俺達のチームで起きた三日間の出来事を聞いてくれている。既に旗印である赤い帽子も赤いマントも羽織っておらず、黄土色を基調とした地味目のコートが椅子に掛かっている。これこそエアの精神的な落ち着きを表すに相応しい恰好だな。
         今日、パンナが捜査を切り上げたのが午後六時。俺がエアに、話がしたい、と持ちかけたのはそのすぐ後の事だ。けど、エアが仕事を終えたのは今から三十分前、夜十時を過ぎてからだった。早く自室に戻って休みたいはずなのに、エアは一切嫌な顔をしなかった。その疲れを見せない頑丈さと姿勢が、彼の経験の豊富さを物語っていた。
        「でも、素人の意見なんて本当にくだらないだろ? 俺達なんて、結局ただの護衛だよ。……いや、パンナは強いし、足手まといになってるかもな」
        「いえ、そんな事はありませんよ。熟達しているからこそ見落としてしまうこともあるんです。もしかしたら、アイさんのような視点が、この先どこかに取っ掛かりを作ってくれるかもしれません。私は期待していますよ」エアはそう言って、ふふっ、と笑った。
         これはさすがに慰めだと分かる。俺達のような素人が一週間もしないうちに本職と同じように出来たら、捜査官たちはあっという間に食いっぱぐれるだろう。
        「ジェイとキョウはしっかりやってるのか?」
        「ええ、とても真面目に取り組んで頂いていますよ。キョウさんは最近特に張り切っているみたいで、こちらも元気づけられます」
         キョウもまだ諦めていないんだろう。何を考えているのかは分からないけど、ティルに言われた通り『セイントの思惑』で動いているのは間違いない。
        「ただ……」エアが水の入ったグラスを傾けて考えている。
        「ただ?」
        「ジェイさんは不思議な方ですね。聞き込み捜査を行っていて、ふと気付くと姿が見当たらない事が多々あるんです。……あの方も独特な視点を以って捜査に当たっているみたいですね」言って、あははっ、と頭を掻いて苦笑いを浮かべている。
        「ジェイは昔からそうなんだ。強くて賢くて、やたら勘が働いて。身内贔屓だって思うかもしれないけど、本当に頼りになるんだ。……俺はそんなジェイにいつも助けてもらってる」
        「信頼しているんですね。ジェイさんの事を」
        「まぁ、そうかな。……俺は一人っ子だけど、たまに、兄貴ってジェイのような存在なんだろうなって思う」
        「血は繋がっていないけど兄弟ですか。いい関係ですね」エアがうんうんと頷いている。
        「でも、あれだぞ! 口うるさいところもあるんだ。前の休日なんて、『おまえは強くならなければいけない』とか言って無理矢理訓練に引っ張り出されるし、『投げナイフはもうやめておけ、子供のおもちゃだ』、なんて注意されるし。……投げナイフは、俺がサンドリアにいた頃から訓練してたんだ。結構自信あるんだぞ」
         腕を振り上げてナイフを投げるふりをして見せた。それを見てエアが体を揺すって笑った。
        「あはは、まさに兄貴ですね。ソレさんと相性がいい証拠ですよ。それに、子供の頃から好きな事はなかなかやめられませんよね。私も……」と言って、エアは持っていた鞄をごそごそと探りだした。手に取ったそれをカウンターに置く。なかなか重量感のある音が鳴った。小さな飛空艇の模型だった。
         現行の飛空艇だ。極めて忠実に再現されているが、主翼の回転翼の羽が一本折れて無くなっている。
        「以前ソレさんが入院していた日、私はジュノが好きで、小さな頃から弟と一緒に働く事が夢だった、と話した事がありましたよね」
        「ああ、言ってたな。それで、その模型は?」
        「笑わないで聞いてくれますか?」
        「うーん……内容によるかな。エアが今でもそのおもちゃで遊んでるって話なら笑うのを禁じえないね」と、おどけて言った。
        「ソレさん、意地悪しないでくださいよ。……これはジュノにあった小さな老舗模型玩具店が製造して販売していたおもちゃなんです。今はもう大きな会社になってしまっていますが。
         私が十歳の頃……、もう今から二十四年も前になりますか。出張でジュノへ行っていた父から、お土産としてこの模型をもらったんです。大きな体で雲を切り裂いて頭上を飛ぶ、憧れの飛空艇がそのまま小さくなって手の平に乗っていたんですよ。子供心に、とても感動しました。それから毎日、この模型で弟と一緒に遊んでいました。そしていつか、こんな素敵な物で溢れるジュノへ一緒に行こうと約束をしたんです」
         エアは手に持った模型を見つめて言った。きっと、家族で過ごした子供時代を思い出しているんだろう。
        「……そういうのって手放せないよな」
        「ええ。男というのはいつまでも子供ですから」
         そうだな、と言って大きな声で笑いあった。
         そろそろ頃合かな、とグラスに注がれた酒をグイッと飲んだ。「エア、本題なんだが、色々と聞きたい事があるんだ」
        「ええ、私で分かる事ならなんなりと」エアが笑顔を向けて言った。
        「……むしろ、上級捜査官でしか知りえない情報を知りたい、と言ったら?」
         エアは、ふむ、と言って頷いた。そして体ごとこちらを向いた。
        「実は、青い歯車という麻薬密造組織は、バストゥーク共和国の過激派集団が前身になって構成された組織なんです。つまり――」
        「それは知ってる」
         エアの二の句をさえぎって短く答えると、エアは口を開けたまま驚いて動きを止めた。
        「……その情報をどこで?」少し間をおき、エアは首を振って、「聞くのは野暮ですね」と、呟いた。
        「では、こういうのはどうでしょう。……過激派が獣人達と手を結んで青い歯車となる前――今から二年半ほど前の話になります。過激派は、謎の傭兵団により活動拠点を次々と暴かれ、半壊した過去があるって知っていましたか?」
        「謎の傭兵団?」
        「正確に言えば、雇い主もその所属国も不明なので傭兵と断定することはできません。ですが、私はある『噂』を耳にしたことがあるんですよ。……知りたいですか?」
        「噂? なぁ、もったいつけないで教えてくれよ。その噂ってのは?」
        「『上層区工房橋二十三部隊』、それが彼ら謎の傭兵団の名前だというんです」
         上層区工房橋二十三……部隊。どこかで、その名前を見た覚えがあるような……。
         エアは口の端を上げて声もなく笑い、話を続けた。
        「面白いと思いませんか? 上層区工房橋といえば、私にはジュノ大公国しか思い当たりません。なぜ、そんな名前で呼ばれているんでしょうね。ジュノ大公国にはご存知の通り軍隊はなく、ソレさん達のような傭兵団がその役割を果たしていますよね」
         俺は黙ってエアの話を聞き、二度頷いて相槌を打った。
        「ジュノ大公国を狙う過激派集団と争ったからジュノ大公国側につく組織である。実はジュノ大公国には対反乱作戦を目的とした秘匿部隊があって、密かに暗躍している。……そんな噂がまことしやかに囁かれ、尾ひれがついた結果そう呼ばれ始めたのかもしれませんね」
        「面白いな、確かに。そんな連中が本当にいたんなら、なんとも泣ける話だ。でも、中途半端に叩いたせいで過激派が地下に潜り、やつらは獣人と組んでまでジュノと徹底抗戦を決めたって事だろ? そして、この異例の合同捜査に至るまでの深刻な問題になったんじゃないか?」
         エアはカウンターに向き直って、あはは、と声を上げて笑った。
        「その通りかもしれませんね! ……青い歯車の目的は過激派であった頃と変わっていないでしょう。彼らが行う『反乱作戦』というものは、武力で訴えるよりも心理的に訴えた方がより効果的です。なので、麻薬汚染でじわじわと攻めるのはとても効率的と言えますよ」
        「敵ながら小賢しくてうざったい話だ。敵を賞賛するのは面白くないけどな」
        「ですが、作戦とは単一では意味を成しません」
         エアは吸いもしないのに大きな灰皿を自分の手元に寄せ、水の入った細長いグラスと並べた。
         エアが「こっちが青い歯車です」と、グラスを指差す。「そしてこっちが青い歯車より以前から、ジュノ大公国、並びに他三国での麻薬売買を牛耳る、巨大麻薬密造組織『ベルドガルドファミリー』です」と、灰皿を指差して言った。
        「な、なんだ?」
        「簡単な話ですよ。ジュノ大公国は、青い歯車以前より麻薬汚染が広がっていたんです。ベルドガルドファミリーには青い歯車のように思想はなく、ただお金を稼ぐために麻薬を売っていました。ジュノ大公国はベルドガルドファミリーの独壇場でした。さて、そこに新参者の青い歯車が現れ、自分達の商売の邪魔をしています。……どうなると思いますか?」
        「うーん、まずは話し合いになるだろうな。強い方が、弱い方に上納金をよこせ! ってな。それが通じない相手なら、最悪潰し合いだ」
        「そうなりますね。……そして青い歯車には話は通じません。なぜなら彼らの目的はベルドガルドファミリーと違い、ジュノ大公国を混乱に陥れ、ジュノ大公国が持つ革新的な技術を公開させる事ですから。ベルドガルドファミリーのように『程々に』とは思っていません。そして今まさに巨大麻薬密売ルートであるジュノを賭け、相容れぬ二つの組織が争いあおうとしている段階に入ったんです」
         エアは俺をじっと見つめ、あなたの答えが知りたい、と待っているようだ。それに応えるよう、無い頭を振り絞って考えた。――答えは簡単だった。
        「このまま放っておけば、両者が勝手に潰しあって弱体化するってことだな?」
        「そうです。その通りです」エアが満足そうに、にこりと笑った。
        「だったら、合同捜査なんて必要ないんじゃないか? 麻薬取締局が、二つの麻薬密造組織が争いあうって知ってるなら、黙って傍観していればいいだろ?」
        「ええ、乱暴なやり方ですがその方が色々と都合がいいですよね。私もそのように考えていたので、合同捜査の話が持ち上がった時に局の上部へ掛け合ってみたんですが……。どうやら、この合同捜査は麻薬取締局の長官の一存で決まった話ではないようです。と、言っても大公閣下から麻薬取締局の全てを任されている長官に指示を出せるのは、他ならぬ大公閣下だけですね。……私からソレさんにお教えできる話はこの程度ですが、満足頂けましたか?」
        「ああ、ありがとう。さすがに上級捜査官ともなると面白い話を持ってるな」
         エアは頷くと、そろそろ帰りましょう、と言ってコートに手を掛けて立ち上がった。
         ――ジュノ大公国に味方する謎の傭兵団、潰し合う麻薬密造組織、追い討ちをかける麻薬取締局。この大きな流れの中に、個人の思惑が小さな傍流をいくつも作っていく。もしかしたら、その傍流を辿った先に答えを示す源泉があるのかもしれないな。

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        三章 三節 傭兵の休日

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           明けて十一月二十五日。まだ日が天に昇り切らない頃、俺は上層区から工房橋を渡って、『バタリア丘陵』に来ていた。この季節らしく、空には大きな灰色の雲が重なっていた。辺りには、古戦場の名残である土塁跡がいくつも残っている。十数年前は、ここでアルタナ連合軍と獣人連合軍の会戦、『ジュノ攻防戦』が繰り広げられた。朽ちた砦、崩れた防壁、流れた血を吸って、よく肥えた土壌。激戦の爪あとをいくつも残すこの地だが、今となっては誰も剣を交えることはない……そのはずだった。
           なのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう。――俺達は、寒風吹きすさぶ中で互いの剣を交えていた。
          「……ソレ、そんなものか」
           ジェイの振り下ろした剣を、寸でのところで防ぐ。剣と剣がぶつかり、金属音と共に激しく火花が散る。
           これで何度目の打ちあいになる? ジェイの剣術はすさまじく、一切の無駄なく打ち込んでくる。俺の打つ手など、それら全てを必死で受け止める事だけだ。
          「もうやめてぇ!」アイの叫び声が聞こえる。
          「ジェイっ! どうしてこんな事を!」
           問いかけに答える事なくジェイは打ちこんでくる。昨日パーパと別れてからやはり身が持たず、部屋に戻ってゆっくり過ごしたが、疲れが完全に癒えたとは言えない。このままじゃ負けは必至。しかし、いくら調子が悪いからと言っても、俺は片手剣一本でやってきたんだ。ジェイの剣に負ければ立つ瀬がない。
           でも……腕に力が入らない。息も絶え絶えで、こんなものを振り回してるどころじゃない。ふんっふんっと、ジェイの呼吸がやたら大きく聞こえる。俺の聴覚がこれでもかと働いているようだ。きっと、ろくに息も出来ないせいで視覚が頼りにならないからだろう。ここは一度距離を取って仕切り直しだ。
           すうっ、と思い切り息を吸うが、空気が重量を持ったみたいにうまく入ってこない。肺に何かが引っかかってるような感覚も覚える。
           俺は剣を前に構えたまま、筋肉の極度な緊張で震える足をなんとか制御し、ジェイを見据えつつ素早く後退した。そして、ジェイの動きを牽制するために胸の投げナイフに手をやった。
           ――うまくいくはずがなかったんだ。
           ジェイがそのわずかな隙でさえ逃すはずがなかった。ジェイは背中に背負ったクロスボウを即座に構え、俺の胸に狙いを定めた。
          「……ソレ、終わりだ――」
           ジェイが言い終わるか終わらないかの内に矢が放たれた。その矢を胸に受けた俺は、ゆっくりと後ろに倒れこんだ。
          「ソレぇっ!」アイが駆け寄ってくる。
          「ジェイっ! どういう事なの? ソレは大怪我を負って、一昨日まで入院してたんだよっ!」なんでこんな事を……と呟きながらアイが俺に覆いかぶさる。
           息が……できない。もう何も見えない。真っ暗な世界だ。……でも温かい――。
          「――おもい」
          「えっ?」
          「……重いんだよっ! アイ、早く、どけ!」
           力を振り絞ってアイを払いのけた。アイが、きゃっ、と言って飛びのく。
           はぁはぁと全身で息をしても呼吸が間に合わない。アイのせいであやうく窒息死するところだった。
           俺は半身を起こしてジェイを見た。「なぁ、何も……今訓練なんて……しなくてもいい……だろっ」息を切らしながら、胸当てにぴったりと張り付く吸盤付きの矢を引き剥がして言った。
          「そうだよっ! それに今日はすっごく寒いんだから、もう帰ろうよぉ」アイが、立てひざをついて言った。自分の体を抱えて縮こまり、ぶるぶると震えている。
          「だめだ。おまえは勝手に病院を抜け出していただろう。それ程の元気があるなら、この程度の訓練など問題ない」ジェイは表情は真剣そのものだ。
          「ちょっ……ちょっと待て! この程度っ……」息苦しさで言葉に詰まり、ごくっ、と生唾を飲む。
          「この程度っていうけどな! 俺とジェイじゃ力量差があり過ぎるだろっ! 勝手に病院を抜け出した事は謝る! せめて、休憩を……休憩をさせてくれーっ!」
           俺は病み上がりにだだ広い丘陵で、懇願と謝罪の意を込めて叫んだ。遠くまで響き渡る明瞭な叫び声だった。

           料理の苦手なアイでも手軽に作れるおいしい食べ物がある。クァールという長い髭を持つ、巨大な、いわゆる“猫”と分類される魔物の肉をソテーしたものと、ミスラントマト、ラテーヌキャベツに、ゴブリン族伝統の涙が出るほど辛いマスタード。これらをサンドリア小麦粉を練って作る白パンに挟めば、はい、出来上がり。アイと外出する時の定番携帯食、『クァールサンド』だ。
           毎度飽きもせずに作ってくるので、『そんなに好きなら』と、俺もセイントのみんなも何も言えないでいる。厳密に言えば、新しい料理に挑戦させた事はあるけど、今でもクァールサンドを作ってくるのがその結果を示している。
           野外訓練場で、アイと一緒にあつらえ向きの石の腰掛けに座って談笑を楽しむ。ふんわりと柔らかな白パンとトマトの爽やかな酸味が、体に活力をみなぎらせていく。クァールの肉の濃厚な旨みがマスタードと絡みあって、獣特有の臭味を抑えつつ口の中にしゃりしゃりと広がる。――しゃりしゃり?
           背後からしゃりしゃりと訓練用の剣を研ぐ音が聞こえてくる。……現実逃避には無理があった。
           東のシュ・メーヨ海から吹きつける冷たい風の中で、やはり冷たいクァールサンドを震えながら食べる。そんな姿を見せつけても、やる気になっているジェイは止められなかった。
           俺はジェイの方へ振り向いて、手に持ったクァールサンドを差し出した。
          「なぁジェイ。せめて食事中は……一緒に食べないか? ほら、ジェイがそうやってると、こう……食事を楽しめないというか、ますます背中がうすら寒いというか。なぁ、アイ?」
          「う、うん。それに、今日はすごく冷えるし、もう帰った方がいいとおもうなぁ」アイがちらちらとジェイに視線を送る。
          「……ふむ」
           ジェイは、一理あるな、といった面持ちで鞄を開き、中からアイの顔ほどもある大きさの干し肉を取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。そして、一分も経たない内に平らげてしまった。
          「早く食べて、早く訓練を終わらせる」そう言ってしゃりしゃりと、また剣を研ぎ始めた。
           なぁなぁジェイよ。なぁ、「というか……」
          「ん? まだ何かあるのか」
           ジェイが手を休めてこちらを見る。
          「訓練用のなまくらをいくら研いでも意味ないだろ」
          「気分だ。問題ない」
           いやいや、『刀は武士の魂だ。魂は常に磨くもの』ってハゲが言ってたけど、これはなんか違うだろ。
          「もう、投げナイフはやめろ。スコルニクスを追った時にもよく分かったはずだ。そんなものは子供のおもちゃだ。……役に立たん」
          「えっ。いや、だって携帯性も抜群だし、距離が開きすぎるとどうにもならないけど、牽制くらいにはなるぞ」
           正直、図星を突かれた。なんとなく自分でも分かってたんだよなぁ。……恰好をつけるためだけに投げナイフを使ってたなんて、恥ずかしくて今更言えない。
          「午後からは射撃訓練だ。今のうちにクロスボウを扱えるようになっておけ」
           ジェイは言った事を絶対に曲げない。言ってる事は間違ってないし、この人の判断はいつも正しい。
          「はぁ……分かった分かった」俺はジェイの強硬な態度に早々お手上げをして、「でも、なんだってこんな急に? 合同捜査が一段落してからでもよくないか?」と、最後のクァールサンドを飲み込んで尋ねた。
           横でアイが、うんうん、と頷いている。こいつは寒いから早く帰りたいだけだな。 
           ジェイは剣をひっくり返し、『かえり』を落としてから刃の反対側を研ぎ始め、
          「……死んでもらっては困る」と、悲しむんだか迷惑になるからなのか分からない、相変わらず感情がこもらない声で答えた。
          「ああぁ。……あの時は、運が悪かったんだ。なんせ、連射可能な新型の銃だぞ? こっちは見たことも聞いたこともないっていうのに。それにスコルニクスってヤツは、昔武器商をやってたとかでかなり特殊な例だと思うぞ」
          「運や特殊な例とやらで落とせるほど、おまえの命は安くないだろう」
          「いや、まぁそうだけど……」
          「ソレ、おまえだけじゃない。そんな事でアイを守れるのか?」
           アイが素早く俺に視線をやる。……なんだその目は。そんなに俺の実力が疑わしいか。
          「おまえがセイントに入って一年も経たない頃、おまえはスランプで仕事がうまくいかず、酒に酔って暴れた事があったな。覚えているか?」
          「や、やめてくれよ。もう昔の話だろ? 時効だ! 時効!」
          「あー! そんな事もあったねぇ!」アイが嬉しそうな顔をして話に入ってきた。
          「おまえまで……」
          「ふふんっ! あの時はわたしが介抱してあげたんだよっ!」と、立ち上がって腰に手をやったが、すぐに身震いをしてまた座り込んだ。
           こいつは自分の専門分野の話になると、本当に得意げになるな。
          「俺は今でも、あの時ソレが言った事を覚えている」ジェイが、刃先の研ぎ具合を確認しながら言った。
          「俺、なんか言ってたか?」
           うーんとね、と、指を組みながらアイが目を輝かせた。「『アイっ! 俺が立派になったら結婚してくれっ!』って言ってた気がするっ!」
          「それは絶対に無い」
          「絶対ってなに! 絶対って! もう、知らない! ふんっ!」
           アイは俺の一言がよほど気に入らなかったのか、口を尖らせ、頬を膨らませて怒りだした。
          「アイ、今のはソレなりの照れ隠しだ。この前の打ち上げだって、アイと――」
          「わー! ちょっ、ちょっと待て! そ、それより俺が酔った時に言った事ってなんだよ?」つかなんでそれを知ってるんだよ!
           アイはきょとんとした表情で、俺とジェイを交互に見て首を傾げている。危うく俺の考えが明るみになるところだったぞ、ジェイのヤツめ。
           ジェイは両の刃を研ぎ終えて、柄を地面の石に、とんとん、と軽く叩いてかえりを落とした。そして鞄の中から布を取り出して、刃をきゅっきゅっと音を鳴らして拭きだした。
          「ソレ、おまえは故郷を離れた事を悔いていたな。オークに殺された母親の敵討ちの機会を失ってしまった、父親の期待を裏切ってしまい、会わせる顔がない、と」
          「……それは今でも思ってるよ。キョウには、『軍人が嫌で逃げ出した玉無し野郎』だとか言われるしな。散々だよ」
          「他人がおまえの事をどう思っているかなど、どうでもいい事だ。後悔の無い生き方などない。その時は正しいと思って決断したはずだ。……そして、これだけは言える。ソレ、おまえは全てを捨てたわけでも、失ったわけでもない。おまえの傍らにはいつもアイがいる。だから、絶対にアイだけは守り抜け。二度と大事なものを失わないために」
           ジェイは言い終えると同時に、磨き上げたなまくらを空へと掲げた。生憎の天気に、剣に当たった光が鈍くぼやっと浮いた。
          「ああ、そうだな……。俺はまだ失っちゃいないよな」
           いつだったかジェイは言っていた。『失ったものを取り戻すのはとても困難だ』と。それはきっとジェイの故郷である、今はオークに奪われたラヴォール村を想っての事だったんだろう。ジェイは、自身が絵画や彫刻の骨董品を収集するのも、心に隙間を感じるせいかもしれない、と言っていた。
           いつか、失ったものを取り戻せたらいいな。ジェイ、その時は一緒に、一緒に戦おう。――そんな事を考えていたら、昨日パーパの言っていた事が頭をよぎったが、今は考えたくなかった。
           ふとアイを見ると、顔を赤くして、ぽーっと中空を見つめていた。……どこにトリップしてるんだこいつは。
           ささやかな食事の後、俺達はジェイの立てた予定通りの訓練に励んだ。『魔力との親和性が低いエルヴァーンは、武術で他を圧倒するしかない』、全くジェイの言う通りだ。……最悪の事態は起こりえるかもしれない。もしパンナが暴走を続けるなら、俺のやれる限り止めなきゃいけないんだ。パンナの旧友であるキョウ、ましてや幼馴染であるパーパには荷が重い。
           それに、パンナは強い。正面切って剣を交えてたんじゃ、十中八九勝てない。けど、付け焼刃でもクロスボウの扱いを習得すればなんとかなるかもしれない。片手剣以外の武器を扱えるという選択肢、これだけの事が生死を分ける時が来るのかもな。
           ジェイが、矢の射られた的を確認する。
          「上出来だ、ソレ。おまえはやれば出来るんだ。これからも訓練を怠るな。おまえの弱点は射撃そのものより、矢の装填速度だ。精進するといい」
          「いや、これ……これは、かなり……きついな」上出来だ、を訓練終了の合図と捉え、地面へとへたりこんで尻餅をついた。
           クロスボウの『つる』を引く作業は、ひどく腕の力を使う。射撃の腕は自分でも驚く程めきめき上達したが、矢の装填速度だけはどうにもならない。……というか、ジェイが人間離れしてるだけだろ、これは。
          「帰ろう」ジェイはくるりと背を向けると、ジュノへ向かって歩き出した。
           まだ四時を回った頃だろうが、既に日は落ち始めていた。ジェイの足元からは大きな影が伸びていた。
           ――パーパの言っていた事を信じるなら、あんたも新型麻薬に特別な関わりがあるのか? 何も話してはくれないけど、俺はあんたが裏切るような事をしているなんて思ってない。……信じるからな。裏付けなんて一切必要じゃない、今まで通りジェイを信じてるからな。
          「どうしたのソレ? ぼーっとしちゃってぇ。疲れた?」アイが横から顔を覗き込んできた。
           いや別に、と少し顔を背ける。もしかしたら、自分が想像してないような表情をしてるかもしれない、そう思ったら恥ずかしかった。
          「大丈夫。もう歩けるから」
           よっ、と言って立ち上がると、急にガタがきたみたいに体が重かった。
           帰り支度をするために、荷物を置いた石の腰掛け辺りを見ると、無骨な作りのなまくらが二本とも忘れられたままになっていた。
           ジェイのヤツ、持ってきた訓練用の剣を忘れてるじゃねぇか。こっちはもう腕の力が限界だっていうのに……ったく。
          「アイ、一本持てるか?」
          「うんっ! 大丈夫だよっ!」
           ずしりと重いなまくらを持つ――
           っと! 予想以上に力が入らず手から滑り落ちていった。――スコッ。……スコッ? 足の親指にひんやりとした硬い物が触れる。足元を見ると、なまくらのはずだった剣がブーツのつま先に垂直に突き刺さっていた。
           ……ジェイ、研ぎ過ぎだ。

           ジュノ上層に着いても、先に帰ったジェイの姿はどこにも見当たらなかった。門で待っていてくれると思っていたけど、きっともう自室に戻って収集品をしげしげと眺めて愛でているに違いない。
           帰り道の間、ずっとお腹が痛かった。寒さにやられて体調でも崩したかと思ったけど、あれだけやったんだ、お腹も空くよな。
          「アイ、詰め所に戻った後、どこかで飯でも食べないか? 希望があれば聞くぞ」
          「そうだねぇ……」アイは、上目遣いで少し考えて、「どうせパスタが食べたいんでしょっ?」と、にやりと顔を歪ませた。
          「ま、まぁ、俺の希望はそうだな。でも、今日は希望を聞くぞ? 言ってみろよ」
          「ソレが好きなものでいいよ! わたしもパスタ大好きだしっ」
          「そう、か。じゃあ、いつものハチミツ酒亭でいいか」
          「うん! ――あっ、待ってて! 今日は家で食べる予定だったから、ミクさんに言って夕飯断ってくるね!」
           ほら、と手を差し出して、預けていた訓練用の剣を受け取った。
           ミクロロもジュノへ来てもう五年だ。あの頃はミクロロ自身、サンドリアを離れる事になるなんて思ってもなかったろうな。
           伯爵家に代々住み込みで仕えるタルタルの使用人一家の娘が、わがままなお嬢様に付き合わされてジュノへ。運命の奔流に流された娘の物語。だが、この物語は後日語る事とするか……なんてな。
           今日の休みが終われば、明日からまた捜査が始まる。だから、今日いっぱいは羽を伸ばしてやろう。打ち上げの日の埋め合わせだ、アイ、付き合ってもらうからな。
           そんな事を考えながらセイント詰め所の扉を開けると、どこからか戻ってきたティルとキョウが話していた。
           入ってきた俺に気付くと、ティルが鋭く視線を向けてきた。そして再びキョウに視線を戻した。俺はティルの視線に釘付けされて玄関に立ちつくしていた。
          「でも……」
          「うろたえるんじゃないよ! あたしははなっからぶれちゃいないよ。いいからあんたは指示通りに動きな。分かったね?」
          「……分かッた」
           二人の会話はキョウが無理矢理納得させられた形で終わり、キョウが玄関扉へ向かってきた。
          「ソレ……あの件は忘れてくれ」
           キョウは俺に目も合わせず言って出て行った。
           帽子掛けにマフラーを掛けて、なんとなくティルの方を見ないように奥の物置部屋に行こうと足を向けた。
           ちょいとお待ち、と呼び止められる。その声に思わず目をぎゅっと瞑った。
          「こっちへきな」
           無言でゆっくりと団長の机の前に行くと、椅子に座ったティルが俺をじっと見つめてきた。
          「あんた、あたしに言うべき事があるんじゃないかい?」
          「あ、ああ、おかえり。本当、団長ってのは忙しいもんだな」
           依然、ティルは黙ったままだ。その言外にたまらず言葉を継いだ。
          「いや……今日は休みらしくて。だから、ほら」と、訓練用の剣を見せた。「ジェイと訓練を……」
           ティルは、はぁ、とため息を漏らすと腕を組んだ。
          「キョウシロウから聞いたよ。あんた今、パンナに探りを入れてるらしいじゃないか?」
          「そ、それは……あいつがあまりにも変人だから、逆に『俺はこんなにもまともなんだっ!』って思える材料を探してるだけだよ」
          「無駄だからやめておきな」
           ティルの射るような視線に耐え切れず目を逸らした。
          「……時間のある時にやるだけだ。それは俺の自由だろ?」
          「呆れたねぇ。あたしの前で、あんたの旧友の身辺を洗います、なんて宣言をするとはね」
           ティルはゆっくり立ち上がると、玄関へ歩いていった。
          「ティルはどこに行ってたんだ?」ティルの背中を目で追って言った。
          「バストゥークへ、ね」
           ティルは立ち止まって、振り返らずに言った。
          「バストゥーク……ゾッド達が今そっちで仕事してるんだよな?」
          「そう。まかせた仕事の中間報告を受け取りにね」
          「どうしてわざわざティルが? ……そんなに急ぎの仕事なのか? 合同捜査なんて大きな依頼をほっぽりだしてまでやるほどの?」
          「まあね」ティルが短く答えた。
          「依頼主は?」
          「まぁたあんたは賄賂だなんだって――」
          「はぐらかさないで答えてくれよ!」
           つい大きな声を出して問い詰めた後、ティルは振り返り、首を少し傾けて顔に笑顔を映していた。そして、ゆっくりと腕を組んだ。……本気で怒ってる時の態度だ。
          「あんた何様のつもりなんだい、えっ? あたしがあんたにそれを報告する義務があると思ってるのかい?」
          「ないよ。……だから、俺が個人的な理由でパンナを調べるのも自由だよな?」
           ティルは頭を抱え、はぁ、とため息を漏らした。そして、人差し指を立てて口を開いた。
          「あんたに一つ忠告しておくよ。……この合同捜査は、新型麻薬が看過出来ない事態を引き起こしているから始まったんだ。あの薬、ネオモスタミンは麻薬取締局で培われた技術で造られているんだ。どういう意味だか分かるかい?」言い終えると再び腕を組んだ。
          「えっ?」
          「呆けた顔をしてるんじゃないよ。……とにかく、あんたにパンナは止められないよ」
          「それってどういう――」
          「あたしは今から行かなきゃいけないところがあるんだ。……この件はあんたに任せてあるんだから、しっかりやんな」
           ティルはくるりと向きを変えて、背中ごしに手をひらひらして詰め所を出て行った。びゅう、と強い風が吹いて扉が大きな音を立てて閉まった。
           ――俺は、ティルがこの合同捜査から完全に外れているものだと思っていたけど……そうじゃない。ティルがあれだけの大胆な推測を立てているんだ。何か情報を掴んでいるはずだ。……でも、ティルはその情報をどこで? ゾッド達から情報を得ていた?
           いや、あり得ない。それじゃ、あべこべだ。
           ゾッド達をバストゥークに派遣したのは十一月二十一日、俺のチームがゴブリン盗賊団を退治しにジャグナー森林へ行った日だ。今ティルが持っている情報がゾッド達から仕入れたとなると、『合同捜査の開始前から』この件に関する情報収集をしていたことになる。これではまるで、青い歯車の情報を知っていたみたいじゃないか。

           まさか、セイントは青い歯車の企みに力を貸しているのか? セイントが青い歯車のスパイそのもの。いや、そんなまさか。
           悔しいけど、パーパの言っていた事はやはり間違いじゃなかった。パーパは『セイントの方たちは異質』、と言っていた。そして傭兵として以上に関わりがある事も否定しなかった。セイントは麻薬取締局との合同捜査ではなく、別の切り口から捜査をしているのか……、なぜ? いや、パンナの過去を知っているからこそティル達もパンナを止めようと?
           ――だめだ! 情報が不足したまま考えていても疑心暗鬼になるだけだ。パーパの言うとおり、俺は先入観を捨てて挑まなければならない。――でも、俺にできるだろうか。

           ランプの薄明かりが、アイの横顔を優しく照らしている。アイはいつも以上に落ち着きが無くそわそわと店内を見回していた。俺達が座ったのは、ハチミツ酒亭でも三つしかない窓際の二人掛けのテーブルだ。窓から見える通りは普段はジュノで一番賑わっているというのに、季節のせいで今は人もまばらに歩いていた。空からは雲に隠れた小さな月が、柔らかな影を通りに落としていた。
          「ね、ねぇソレ。どうしてこの席なの?」
          「どうしてって……、一人で飲む時は店の奥だけど、せっかくおまえと来てるんだ。たまには、な」
          「そ、そぉなんだ」
          「なんだよ? 二人で飯を食べる事なんて、そう珍しいことじゃないだろ」
          「う、うん。……でも、なんだか今日のソレは顔が怖いよ」
           そうだろうな。誰に頼る事も出来ない現状じゃ、正直先が思いやられる。
           ウェイトレスがテーブルに注文を聞きに来た。
          「これとこれを頼む」
          「はい、かしこまりました。それとお客様、このテーブルではお花のサービスも提供しておりますが、いかがされますか?」
           そう言われても花なんてなぁ。こいつなら植物に詳しいはずだ、と、アイに目配せをして助け舟を出したが、きょろきょろと店内を見回してばかりでこちらに気付きもしない。……まるで、御上りさんみたいじゃないか。
          「じゃあ、カーネーションをもらえるか?」
          「かしこまりました」ウェイトレスが、にこりと笑顔を見せて注文を届けに行った。
          「カーネーション……」アイがぼそりと呟いた。
           それくらいしかわからねぇよ。親父がいつも、これをお墓に手向けてこい、って渡してくれたのが白いカーネーションだったんだ。……もう、五年もお袋に挨拶してないんだな。
          「なぁ、アイ。……今、俺が何を考えているか分かるか?」
          「……えっ? えっ! えぇ?」
          「いや、分かるわけないよな。すまん」
          「だ、だってぇ……、そんな急に……」と、顔を真っ赤にしたアイは、ぶつぶつと何か言いながら俯いた。
           そうだ。分かるわけない。人の気持ちや考えてる事が分かったら何も苦労する事なんてないんだ。それでも、俺は知りたい。ジュノに来て五年、退屈に感じていた人生に未だかつて無い事態。これが、ティルからの挑戦なら受けて立ってやる。それぞれの胸に抱えた秘密のカードを、俺が『おもて』にしてやる!

           食事を終えて外に出ると、店の窓の向こうには恋人同士と思われる男女が席についていた。俺達が座っていたテーブルだ。他の二つのテーブルにも男女が座っている。こうやって外から見てみるといい雰囲気が漂っているな。まるで絵の中に描かれた、愛し合う二人だ。
          「ねぇソレ……、あのテーブルはその……」
          「ああ、ピンクのカーネーション、きれいだったな。……って、寒いな。早く帰ろうか」
           顔を上気させて、寒さに震えるアイを見て歩き出した。
          「ソレ、ピンクのカーネーションの花言葉を知ってるの?」
          「いや、知らない。そういうのはアイの専門だろ? それで、花言葉は?」
           アイは少し足早に俺の前を歩くと、あのね、と呟いた。
          「『あなたを熱愛しています』、だよ!」と、大きな声で言い残して走っていった。
           あなたを熱愛……、えっ?
          「えっ? ええぇー!」
           俺は立ち会った。恋人達のためのテーブル、怖い表情と謎の問いかけ、カーネーション、全く意図の違う一つ一つの事柄が、間違った線で結ばれた瞬間に。

          続き 三章 四節 晴天に願いをかけて

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          Vana'diel mini mini Festa 2011開催!

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            Vanadiel mini mini Festa 2011告知画



             2011年の元旦から10日間、Web上FF11二次創作イベントが開催されます!

             開催期間 : 2011/1/1 AM0:00 〜 1/10 PM11:59

             会場 :
            http://crew-edge.net/festa.html (このページです)
             
             主催 : CREW EDGE 様



             俺も参加させてもらっています! イベントを知ったのが今日の夜になってからだったので大慌て。作品も完成していないけど、CREW EDGEさんは、そんな作品でも参加を了承してくれました。
             本当に大慌てだったのは、CREW EDGEさんなんですけどね!丁寧な対応ありがとうございました! この場を借りてお礼申し上げます。

             このブログを読んでくださってる皆様も、是非是非このイベントに、FFXIをまだまだこれから盛り上げるぞ!という気持ちで参加してください! 
             
            もうやめちゃった方々も、色んな作品に触れて懐かしい思い出に浸って楽しみましょう!

             もちろん俺も目一杯楽しませていただきます! では、会場でお会いしましょう! 



            Vanadiel mini mini Festa 2011バナー


            2011年はうさぎ年ってことで……

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               友人の冬風(ふゆかぜ)さんから『赤のエージェント 2011年うさぎ年だよ全員集合!』バージョンイラストを頂きました!
               今作のメインキャラクターの、ソレ、アイ、キョウシロウ、ジェイ、エア、パンナ、パーパ、ティルダ。全員かわいらしいキャラに仕上げてもらい、なおかつソレがパンナの手に握られている、という作品の印象をがっちり掴んだ作品です!

               この場を借りてお礼を申し上げます。冬風さんありがとうございました!
               来年もどうか仲良くしてください!

              冬風さんの手書きブログ『くろしろ』
               http://pipa.jp/tegaki/367270/

              三章 二節 閉ざされた事実

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                     一章 一節 プロローグから読む方はコチラ

                 キョウはベッドの左脇に立ち、襟元を正しながら俺の反応を窺っていた。その意図がよく分からず、キョウをじっと見つめる。おでこの左側が赤みを帯びていて、少し腫れている。打ち上げの時には無かった傷だ。
                「えっと、どういうことだ?」
                 キョウが、ちっ、と舌打ちをした。かなり苛立っているみたいだ。
                「……パンナはここに来たか?」
                「来たけど、それとこれとどんな関係があるんだ? 逃がしたならともかく、どうしてスコルニクスが死んだんだ?」
                「パンナが殺しちまッたんだ」と、吐き出すように言いながら頭を撫でている。はっきりと自分の口で言ったものの、それでも信じられない、と言った顔をしている。
                 俺も同じだ。パンナがスコルニクスを殺した、そう聞かされても相変わらず釈然としない。あいつがあの成金を殺す理由が見つからない。
                「キョウ、おまえが動揺するのも分かる。でも、ただ『パンナが殺した』とだけ聞かされても、何も言えない。俺が気を失った後に何が起きたのか話してくれよ」
                 まずは座ってくれ、と言ってアイが座っていたところへ指を向けた。
                「すまねェ」
                 キョウが口元を握りこぶしで押さえながら一言言って、力なく椅子へ座る。そして、俺が気を失っていた空白の時間に起きた出来事を話し始めた。
                「セイントの屯所でぐッすりいッてたら、アイが血相変えて来てよ。ソレとパンナが大事になッてるてェから、ジェイを連れて下層区のスラムへ向かッたんだ。……前にもあそこに足を運んだことはあるが、一層ひでェことになッてたな。
                 アイがおまえたちの所まで案内してくれるかと思ッたんだがな、どうやら道を覚えてないらしく、結局ジェイの勘に任せて修羅場に辿りついたんだ。ソレが『手裏剣』で雇われどもに応戦した頃だ。あの妙なマスクのゴブリン、アイが言ッてたぜ、パンナはそのスコルニクスを捕まえる気だッてよぉ。
                 百戦錬磨の俺だ、ゴブリン一匹捕まえるくらいわけはねェ。だがよ、標的のスコルニクスが見たこともねェ型の銃を取り出したじゃねェか。まずはあの得物をどうにかしなきゃ近づけもしねェ。俺が屋根伝いにスコルニクスの背後に回ッてるうちに、ジェイには狙撃地点に行ッてもらッたんだ、もちろんあの銃を撃ち落とすためだ。……ここまでは良かッたんだがよ。わりィ事に、ソレが撃たれちまッた」
                 キョウが親指と人差し指をくの字にして、手首をくいっと斜め上に曲げる。『バンッ』だ。
                「初めて銃で撃たれたよ。あの銃が量産されたら、剣の出る幕はないな」
                「商人でもほとんど訓練なしで扱えるからな、あれじゃ傭兵も廃業だぜ」
                 まぁ、と言ってキョウが続けた。
                「俺なら、焦ッて矢を放ッてただろうが、さすがジェイだ。あいつは冷静に好条件の狙撃地点まで行ッて、見事にスコルニクスの腕に命中させて銃を撃ち落とした。お膳立てしてもらえりゃあ、そッからは俺の出番だ。スコルニクスが慌てふためいてる所に、俺が背後から一気に詰めるッて寸法だ」
                 あの時聞こえた成金の悲鳴は、ジェイの狙撃によるものだったか。
                「だが、ここでポカしちまッたんだ。好機を逃さんとしてたのは、俺だけじゃなかッたッて事だ。俺が飛び出した瞬間、屋根の下からパンナがヒョイと現れてよ……、『ごッつんこ』だ。お互いが面食らッてる間に、スコルニクスは煙幕爆弾を使ッてとんずらだ」
                「旧友のくせに息は合ってないんだな」
                「あいつの辞書に、“息を合わせる”なんてなァねェよ! ……そん時の衝撃で思い出したんだがよ、このスコルニクスッてヤツは、以前『マッドニクス』ッて名で武器商やッてたヤツにそッくりだッたんだ。いや、そッくりッつッても、マスクをしてるから本当の顔なんて知らねェが、同じマスクだッたんだよ。――ヤツはお株急上場の、新しい麻薬密造グループに手を貸して、大儲けしようッて腹だッたんだな」
                 以前、キョウが『底に穴の開いた水がめより貪欲なゴブリン』の話をしていたが、それがマッドニクスこと、スコルニクスの事だったのか。
                「回収した銃から分かッたんだが、スコルニクスは元バストゥークの技術者と組んで強力な武器を開発してたみてェだな。あちらの国で使われてる技術がたんまり詰まッてた上に、丁寧にそれと分かる刻印までしてあッたぜ。銃の他にも、見たことのねェ技術で作られた道具もどッさりだ。……俺達を撒いた煙幕爆弾も強烈でな、ヤツが放り投げた瞬間に拡散して、辺り一帯は煙の世界だッたぜ。だが、ここで逃したんじゃパンナとソレに申し訳が立たねェ。既に走り出していたパンナを追ッて、俺もがむしゃらに走ッたんだが……」と、一気に話したところで、キョウが一度話を区切った。
                「それで?」
                 キョウはばつが悪そうに頭をぽりぽりと掻いている。
                「踏み外しちまッた……」
                「え?」
                「屋根から落ッちまッたんだよッ!」
                 ……キョウのおでこのたんこぶはその時のものか。俺も同じ様な失態を犯したぞ。
                「ま、まぁ、それはしょうがないだろ。朝露で屋根も濡れてたし、前が見えなかったんだからな」
                「そうなんだよッ! 足元が濡れてたからなッ! ソレは分かッてくれるか、ありがとなッ!」
                 いわゆる、『痛いほどに分かる』とは、まさにこの事だ。これが痛みを共有して分かち合う恥ずかしさというものだ。俺は自分の失態の場面を思い出して赤面しそうになったので、キョウに話の続きを促した。
                「その後はどうなったんだ?」
                 キョウは一つ咳払いをしてその後の事を話し出した。
                「けどな、これが怪我の功名、屋根の下までは煙が来てなかッたんだ。不思議なもんで視界をさえぎるものが無くなると、平静さも戻ッてくるッてもんだ。……耳を澄ましてみれば聞こえるじゃねェか、ヤツがどッちに逃げているかッてな。
                 俺はヤツの足音を頼りに、足場の悪い狭い路地を全力で走ッて追ッかけた。どうやらヤツは足を少し悪くしてるようで、右足と左足のリズムが微妙に狂ッてたな。まぁ、逃げ足がガクッと遅くなるッて程じゃなかッたが。
                 俺は走りながら何度も上を見ていたが、遠くに離れるほど煙が薄くなッていッたぜ。そのうち、一瞬、足音が聞こえなくなッたんだ。きッと、へばッて足を止めたんだろう。その後再び足音が聞こえだしたが、走る速度を落としたのか、足のリズムが正確になッてたな。案外諦めの早いヤツだと思ッたぜ。年貢の納め時もいよいよだ。……だがよ、足音も近くなッてきてようやく追いついたと思ッた時だ。
                 ――ドサッ、と前方に何かが落ちてきやがった。……スコルニクスだッた。捕まえようと、急いで駆け寄ったんだがな、仰向けになッてぴくりとも動かねェ。まぁ、わけは一目瞭然だったがな。
                 胸からの大量出血、心臓への一突き。ジェイが放った矢で負った腕の傷を除けば、傷はただの一つだけ。殺意を持って一撃を与えたッてわけだ」
                 キョウが、自分の左胸を親指でトントンッと二回叩く。その仕草に思わず息をのむ。
                「しかも、だ」とキョウが続ける。「あの傷……スコルニクスの胸にあった傷は、おと――」キョウは急に黙り込んで、眉間にしわを寄せて小さくうなっている。
                「どうした? おと?」
                「いや、やッぱり――いや、そんなはずはねェんだ。そんなはずは……」
                 キョウは、一時ひどく狼狽していたが、とにかく最後まで話す、と言った。
                「……目の前の死体に、ちッと頭が混乱して、呆然としちまッたぜ。そん時に走ッてくる小さな足音が聞こえてきて、パンナが煙の中からふっと現れたんだ。パンナのヤツ、屋根の上から俺とスコルニクスを交互に見据えてこう言いやがッたんだ。『あとの処理はよろしくね』ッてな」
                 事の顛末を全て言い終えたキョウは、ますます力無く肩を落としていた。
                「この話は本当か?」
                「嘘じゃねェ! その後すぐにパンナは消えて、俺が代わりに警備隊の連中に話をつけたんだ。……汚ねェ話だが、死んだのはジュノの民でもねェゴブリンだ。一匹死んだところで誰も騒がねェよ」
                「そうじゃないんだ。いや、すまん。そうか、パンナがそんなことを……」
                 一人でスコルニクスに立ち向かっていたパンナ。あの時は殺しをするなんて微塵も思わなかった。白痴みたいな綺麗言で正義を振りかざしてたあいつが殺しなんて。……でも、病室で感じたパンナの雰囲気ならやりかねない気がする。
                 事態の齟齬。違和感。
                「おいソレ! 今の話を聞いてそんだけか? 何も思う事はねェのかよ!」
                 立ち上がったキョウに胸倉を掴まれる。その拍子に椅子が倒れ、木材の鳴らす、抜けるような乾いた音が静かな部屋に響き渡った。
                「……この話は誰かに言ったのか?」
                「ああッ? 言ッてねェよ! あらかた処理が終わって、いの一番でおまえの所に報告に来たんだ! それにこんな話を誰に言えるッて言うんだ?」
                 キョウの気持ちは分かる。友人が、職権濫用で犯人を殺したんだ。団長であるティルに報告をするならまだしも、ジェイやゾッド達には言えないだろう。だとしたら、俺に話した意図は――。
                 真っ直ぐキョウの目を見つめて、胸倉を掴むキョウの腕を掴み、そっと押し返して言った。
                「分かってる。あいつ、見張ればいいんだろ――パンナを」

                 役割が見えてきた。考えたくも無かったけど、どうやら俺はパンナを追う宿命にあるみたいだ。昨日、病室で見たキョウの顔が何度も頭をよぎる。『こんな事を頼んですまねェ。もし、あいつが暴走するような事があれば、次は俺が止めるからよ』そう言って、目も合わせずに決意を漏らした時の顔が。友を断罪の場に突き出さなければいけない心情は、計り知れない。
                 退院して、自室に戻って準備を整えたが、体が激しくだるい。アイいわく、治癒魔法は生命力の前借りなんだとか。寿命が縮むわけじゃないが、怪我の度合いによっては正常な体にある生命力が枯渇する。それがこの何とも言えない虚脱感を生むらしい。
                 けど俺が今休んでいる時間はない。キョウには何か思惑がある。どうやら俺にそれを話すつもりはないらしいが、パンナがこの先さらに罪を重ねる可能性を示唆している事は確かだ。俺に監視をさせるのがその動かぬ証拠だ。
                 パンナが何をしようとしているのかも、キョウが何を考えているのかも、自分で探りだす他ない。
                 幸いにも、俺はつい先日パンナをよく知る人物と出会っている。彼女なら色んな角度からパンナを見ているはずだ。
                 ル・ルデの庭の、『オーロラ宮殿』、別名『大公宮』。ル・ルデの庭中心に位置する三国の大使館を十字で結んで、残った一本をずーっと行くと、眼前に広がって見えてくる。オーロラ宮殿は、大理石だか御影石だか分からないが、外観も内装も、そのほとんどを切り崩した石から造られている。外交使節が百人来ても宿泊でき、四国首脳会議もここで行われている。一度も見かけた事はないが、大公もこの宮殿で執務を執り行っている。建物も、その役割もとても大きい宮殿だ。
                 麻薬取締局ジュノ本部はこの中にあった。ジュノ警備隊本部もここにある。警備隊の連中とは、仕事上、何かと縁があって月に一度は訪れる場所だ。厳粛な雰囲気とは裏腹に、建物から出てくる連中はそれとは程遠い雰囲気の、見るからに荒くれの傭兵達だった。もちろん、礼服を着ている文官達や警備隊員も出入りをしているが、印象に残るのは見た目も声も『うるさい』人間達だ。
                 取締局の受付カウンターの前に行くと、受付のヒュームの女が視線を上げた。
                「パーパ・ビッフェ捜査官と話がしたい。セイントのソレが来た、と伝えてくれ」
                 受付の女は、少々お待ちください、と言って受付帳簿をぱらぱらとめくりだした。清潔そうな白い制服を着崩す事無く着ている。山をかたどったピンク色のポケットチーフが印象的だ。パンナやパーパが付けていた小さな捜査官バッジは見当たらない。
                「お待たせしました」受け付けの女はにこりと笑って、「第二応接室が廊下の突き当りを左に曲がってすぐ右にあるので、そちらでお待ちください」と、右手で廊下の奥を指し示した。

                 応接室に入ると、部屋の中心に置かれた移動式の暖房が、大きな獣が低くうなるような音を立てて動き出した。『クリスタル』という、エネルギーを内包する不思議な石を燃焼して使う型だ。冒険者連中は、クリスタルに秘められた力を使って製品を加工するらしいが、俺には全く仕組みが分からない。まぁ、そんな訳の分からない力で動いているが、俺の部屋の隅にある暖炉よりは効率よく部屋が暖まりそうだ。
                 冷たい石の壁が、味気ない部屋をより冷えさせていた。身を縮ませて寒さに耐えていると、扉が開いてパーパが現れた。
                「ソレさん、お久しぶりですね」パーパは一言挨拶をすると、ティーカップを二つ載せたトレーを机にゆっくり置いて、「ソレさんもどうぞ。体が温まりますよ」と、挨拶もそこそこに湯気の立つお茶を一口すすった。向かいに座っているパーパは、一昨日見た時よりも幾分か体が大きく見える。
                「ああ、ありがとう。頂くよ」
                 ロイヤルティーのいい香りだ。ウィンダス茶葉を使ったサンドリア風のお茶の中でも、厳選された高級茶である、とすぐに分かった。応接室は、机を挟んで大きなソファーが二つあるだけの質素な雰囲気を醸している。取締局を訪れる客――この応接室で待たされるのは、ジュノ政府や他国のお偉いさんだろう――には、この高級茶がせめてものお持て成しってわけだろう。セイントが贔屓にしてるのは、安物のカモミールティー。……ティルが猫舌なせいで、お茶に掛ける金はないようだ。
                「今日は少し顔色が優れませんね? 風邪でもひいてませんか?」パーパは、ティーカップを机へ戻して言った。
                「ああ、ちょっと色々あって疲れてるだけだよ。心配されるほどじゃない」
                「そうですか、この季節だから体調の変化には気をつけた方がいいですよ。あ! 今日、ここへ初めて訪れたお客さんはソレさんなので、部屋が暖まるまで辛抱してくださいね」
                「このくらいの寒さなら慣れてるよ。パーパの方こそ見るからに寒そうだぞ?」
                 パーパが着ているのは白を基調とした、ボタンが前面に二列あるダブルスーツ型の公国制式礼服だった。掛かっている二列のボタン部分が、はち切れんばかりに膨らんでいる。ティルと違って猫舌ではないようだが、ミスラらしく寒さに弱いようで、中に相当着込んでいると推測できた。
                 よほど俺の視線が勝手に物を言ったのか、パーパは、「あ! すいません! 着替えてから来るべきでした。不恰好な姿をお見せしてごめんなさい!」と、改めて自分の恰好を見て恥ずかしそうにしている。
                「いや、別に構わないよ。俺も急に押しかけちまったしな。でも、今日はバッジを付けてないんだな?」
                「あ! ……その、実は私、捜査官じゃないんです」
                「一昨日は会った時は、捜査官だって名乗ってなかったか?」
                「……ええ。嘘をついたわけではないんです。外に出てお話をお伺いする時は、捜査官の権限を持っていた方が何かと便利だと思ったので、上司に頼んで臨時捜査官のバッジを付けさせてもらっていました」
                 パーパが「これを」と、名刺と小さなカプセルを差し出してきた。名刺には、『麻薬取締局研究室 薬系技官 パーパ・ビッフェ』と、長たらしく身分を示す文字が書かれている。
                「違法薬物は悪しき心を持った人たちによって研究され、日々進化しています。私のいる研究室では薬物の研究により、薬物汚染予防と症状の改善ができないかと考えているのです。……どうしても、後手に回ってしまうのが辛いところですが」
                「このカプセルは?」
                「まだ未完成ですが、精神錯乱状態の患者を正常な状態に改善する薬です。それで……」と、目を輝かせて話し出した。
                 ――二十分くらいの間、プレやら、ポリなんとかやら耳慣れない言葉で説明を受けたが、湿った紙に黒鉛で物を書くかのように全然頭に入ってこない。パーパはというと、俺の興味など露知らず、夢中で話を続けていて止まる気配がなかった。
                「あのさ、話してるところ悪いんだが、今日は聞きたい事があって来たんだ。だから……」
                「あ! ご、ごめんなさい! 私ったら自分の事ばかり話してしまって……」と、パーパは顔を真っ赤にして俯いた。
                 自分の事というか自分の研究、いや、間違いなくパーパの趣味だ。
                「いいよ、話を聞くのは嫌いじゃないし、俺の身近にも好きな事に関しては話題に事欠かないヤツがいるからな。でも、まずは俺に協力してくれないか?」
                「はい、もちろんです」
                 パーパの表情が、先程の趣味の話とは打って変わって大真面目になる。俺の疑問を解消する、いい回答が得られるかもしれない。
                「……単刀直入に聞きたい。パンナについて知ってる事を話してくれ」
                 俺の言葉に、パーパは一瞬、三角の右耳をピクッと動かした。やはり、何か知っている。
                「どうしてですか? 確かに彼は迷惑を振りまくような人間ですが、このように内偵される謂れはないですよ」
                「本当にそうか?」
                「え! ……ええ、そうです。ソレさんこそ、パンナの友人である私に尋問みたいな真似をするんですから、それなりに根拠があるんですよね?」
                「もちろん」嘘だ。そんなものはない。
                 だが、隠している事はもう明らかだろう。時にはハッタリをかますことも大事だ。俺は自分でも気持ちが悪いくらいに、自信満々の表情を作ってみせた。
                 うぅん、と小さくうなり声を上げたパーパは、
                「仮にパンナにやましいことがあったとして、ソレさんがパンナの事を教えろと言っても具体的に何を話せばいいのか……」と、ささやかな抵抗の色を見せた。
                 それは、考えていたよりも早く察知できた陥落の兆しだった。
                「じゃあ、こう言えばいいか? パンナの過去について、話してくれ」
                『パンナの過去』というのも完全な当てずっぽうだ。ただ、俺の知らないパンナを知っている人物は周りにいる。ティル、キョウ、ジェイ、パーパ、そしてたぶんセイントの古参であるゾッドやしっぽも知っているはずだ。
                『死んじゃえばいい』と、パンナは病室で冷たく言い放った。まるで一切の悪を、無慈悲に根絶やしにする事を願うような……。何か、きっと何か、パンナを突き動かす過去があるはずだ。それを知らなければ出発地点にも立てやしない。
                「ま、参りましたね。まさかソレさんがパンナを疑うとは思いもしませんでしたよ。……私の当てはいい方に外れてしまいました」パーパはほっとしたのか、それとも少し呆れたのか微妙なあやのため息を一つ吐いた。
                「当てが外れた……どういうことだ?」
                「……本当は私がソレさんを当てにしていたんですよ。これであなたは、この事案のキーマンに昇格決定ですね」
                 訳が分からない。いや、でも分かる、この感覚。服を着たまま、ぬるま湯に浸かっているような気持ち悪さ。思えばここ数日の間、感じていた気がする。無意識のうちに、違和感を体が捉えているんだ。……下っ腹が疼きだしている。
                「ソレさんの事は調べさせて頂きました。もちろんセイントのみなさんも全員です。あなたと、あなたと一緒にジュノへ来られたアイさんには、特に不明な点は見つかりませんでした。何から何までごく自然なんですよ。……それが却って、セイントの方たちを異質なものにしてしまいました」
                「どう異質なんだ? それに、調べるって、どうしてわざわざパーパが? 技官の仕事とは全くの無縁のように思えるが?」
                「そうですね。個人的な興味とも言えますし、この事案をどうにかしたいと思っているのも事実です。麻薬を根絶したいと願っているのは、何も捜査官だけではありませんから。……それに、私が見つけた足掛かりなら、私にも追求する権利がある。そう思いませんか?」パーパは自分の胸倉を軽く掴んで言った。「だから、上司に無理を言って一時的に捜査権限を頂いたんです」
                 パーパは俺の目をじっと見つめ、一拍置いて話を続けた。
                「ソレさんとアイさんはジュノへ来た初日にティルダさんにスカウトされて入ったんですよね? まぁこれも特殊なケースですが」
                「そんな事まで調べたのか」少し苛立ちを覚えたが、首を振って思い直した。「……いや、そんな事まで記録がされていたんだな」
                 パーパは表情を一つも崩さずに続ける。
                「仮にもジュノ政府が抱える公認の傭兵団ですから、団員の登録は義務です。傭兵稼業をされている方には後ろ暗い過去を持つ方が多いですから。ソレさんも十分ご承知だとは思いますが、ジュノ大公国は大きな影響力を持つ国です。しかし、人間の歴史で言えばまだまだ生まれたての赤ん坊です。人的資源を第三国に頼らざるを得ないのが現状で、そのためには少々すねに傷のある人材もうまく使わなければ成り立ちません」
                 パーパの言っている事の意味は、俺の思う事と全く違う事だと分かっていてもチクリとくる言葉だ。
                「……ですが、ソレさんが加入する以前の団員、ティルダさんを始めとする方々には犯罪歴など一つもありませんでした」
                「いい事じゃないか。確かに素行の悪い所はあるが、あの人たちは人を傷つけるような真似は――」
                「彼らの過去を調べる事が可能でなかった、という意味です」パーパが話を遮った。「ティルダさんの事をどれだけ知っていますか?」
                「ティルは……うちの団長は秘密主義者なんだ。だから――」
                「では、ジェイドさんは? キョウシロウさんは? テールさんは?」
                「ジェイは、寡黙な人なんだ。それにキョウはいつもちゃらんぽらんで……」
                 パーパの視線が突き刺さってくる。まるで尋問を受けているようだ。
                「何も知らないんですね?」
                「そんな事はない! ジェイは、今はオークに占領されたラヴォール村の出身で……だから、きっとあまり話したくないんだ」
                「ええ、出身地は確かにラヴォール村のようですね。確認の取りようもありませんが」
                 ぎくりとする。自分の顔が強張っていくのが分かった。
                「キョウシロウさんはエラジア大陸のひんがしの国出身。アルタナ連合国はいずれもエラジア大陸にある国とは国交がありません。テールさんは、バストゥーク領にある小さな村から出てこられたそうですが、その村は今はもうありません。ティルダさんは――」
                「もういい!」
                「偶然だと思いますか?」
                 ウォーフも、ゾッドの過去も何もかも知らない。俺は何も知らなかった。
                 何も答えられずに黙っていると、パーパは大げさに二度頷いた。
                「分かって頂けたようですね」
                「パンナとセイントの連中が信用ならないから、俺を選んで接触した。……いや、信用ならないどころか、この新型麻薬にまつわる出来事に、ただの傭兵として以上に関わっている可能性がある、そう言いたいんだな?」
                 ――沈黙が訪れる。これは笑えない冗談か、それとも……。
                 パーパは重い口を開いて言った。「もちろん、ソレさんも完全に信用していたわけではありませんでした。あなたも噛んでいるなら、それはそれで好都合と判断しました。勝ち目のある賭けだったんです。――結果は大勝ちです」
                「なぜセイントが関わっていると? 見つけた足掛かりっていうのはもちろんセイントに繋がる証拠だよな? それは一体何だ?」
                「気分を害されましたか?」
                「ふざけるな! 当たり前だ!」
                 ついカッとなり、拳を机に叩き付けた。衝撃で、ティーカップがソーサーから跳ねて、くるくると回りながら、少しぬるくなったお茶を吐き出した。
                 ――コトリ、と音を立ててティーカップは踊るのをやめた。
                「前に見たことのある光景ですね。こんなソレさんを見るのは二度目ですよ」パーパは、黙っている俺を見て続ける。
                「田舎の若者は頭に血がのぼりやすいんだ」
                「残念ですが、ソレさんにその理由を教える事はできません。あなたは、その場所から先入観を捨てて挑まなければならないと思うんです。そうでなければ、あなたに接触した意味が消えてしまいます。……それに、ソレさんも薄々気付いているんじゃありませんか? あなたを取り巻く嘘に」
                 ――そうだ。違和感の正体とは、『嘘』だ。俺を取り巻く嘘だ。
                「……ああ、その通りだよ。分かってるなら、この気持ち悪い感じをなんとかしてくれ。頼りにしてたパーパまでキョウと同じように隠し事をするんだ。一体何が起きてるって言うんだ」
                 パーパがやっと表情を崩し、ふふっ、と笑って言う。「ですが、今日は私の話をする番ではないんですよね? それに隠し事をしているのはお互い様のようですし。さぁ、ではパンナに関する資料を取りに行くので少々お待ちください」
                 パーパの少し勝ち誇った顔と笑いに釣られて、緊張の解けた俺も笑いをこぼす。「猫、かと思ったらとんでもないな。あんたは狐か狸だよ」
                「ふふふっ、男性をからかうのは好きですから」と、パーパは静かに笑って扉を開けて出て行った。

                「これは?」
                 手渡された古い新聞記事に一通り目を通して、パーパに尋ねた。
                 手の平二つ分程の小さな記事、パーパが切り抜いたんだろう。内容は、麻薬取締局の捜査官が殺害されたという三面記事だった。天晶暦八七一年、今から二年前の事件だ。
                 “優秀な捜査官への報復か? 昨日、三月十七日午後十時頃、上層区おはじき通りのアパートの一室で、麻薬取締局ジュノ本部勤務、捜査官、イーガエガ・フゲティさん(30)が血を流して倒れているのを――”
                 働き者の優秀な捜査官が、仲間を逮捕された事で逆恨みしたゴブリンに殺されてしまった、という悲痛な事件だ。
                「パンナの、そしてジュノ大公国の抱える闇ですよ」
                 記事から顔を上げると、パーパはティーカップの口を無表情に指でなぞっていた。部屋を出て行って戻ってきてからはこんな調子で、重く暗い雰囲気を発している。
                 パーパはしばらくそうしていたが、目を瞑って首を横に振った。
                「まず初めに、捜査官及び、当局の全職員は本名を名乗れません。パンナの名前も当然偽名です。彼がソレさんにどこまで自分の事を話したのかは分かりませんが、捜査官の身元が割れるという事は捜査上の安全に深く関わる事なので、私の口からは話せません。
                 そして、これからお話する内容は誰にも口外しないでください。特にその記事の件は、おいそれと部外者にお話できるような事ではありません。私自身覚悟の上ですが、私一人の責任で負える内容ではないので。……約束してください」
                「ああ、約束する。パーパに迷惑はかけない」
                 パーパは無表情のまま頷いて、束の間沈黙して、ゆっくりと話し出した。
                「……その記事の内容は捏造されたものなんです。――真相はこうです。……ジュノ大公国だけでなく、サンドリア王国、バストゥーク共和国、ウィンダス連邦の四つの国で麻薬を密売している巨大麻薬密造組織があります。その組織の末端のバイヤーである一匹のゴブリンが、ある若い下級捜査官によって捕らえられました。
                 ゴブリンは、『組織のジュノルートを手がける拠点の場所と、麻薬取締局にいる密偵を知っている』と言って、身柄の解放を条件に司法取引を持ちかけたのです。若く、野心に溢れる捜査官は、これは大手柄だ、と喜んで司法取引を内密に進めました。もちろん、彼が独断で決められる事ではありませんでしたが、良い結果を出せば余りあるお釣りが返ってくる算段だったのでしょう。一つでも局全体が沸き立つ情報なのに、それが二つとなれば大出世は間違いありませんでした」
                 そんなうまい話なら、俺でも食いついていたかもしれない。――昨日のアイの涙を見るまでは、だが。
                「彼はゴブリンから得た情報を元に、バディであり先輩であった中級捜査官を連れて、局の裏切り者の自宅へ押し入りました。……この事件の被害者、イーガエガ捜査官の自宅へ。
                 中級捜査官も、自分が取締局へ入ったばかりの頃を考え、若い後輩のバディのわがままを聞いてやったつもりだったのでしょうね。イーガエガ捜査官は、自分には覚えが無い、何かの間違いだ、と主張しました。でも、若い捜査官は正義に酔い、そして功に焦り、イーガエガ捜査官を殺めてしまいました。もちろん、初めからそうするつもりではなく、もみ合っているうちに頭に血が昇っての事だったのでしょう。『話を聞きに行くだけだ』と言って付いていった中級捜査官が止める暇も無く。――悲劇でした」
                「もしかして、その中級捜査官が……?」
                 パーパは、そうです、と呟いた。
                「パンナは、若い捜査官を止められませんでした。目の前でイーガエガ捜査官を見殺しにしてしまったのです。
                 そして最悪な事態は、これで終わりではありませんでした。……麻薬取締局付きの取調官によって、司法取引を持ちかけたゴブリンが、全くのでたらめを言っていた事が明らかになったのです」
                「なんてことだ。……それで、この事件は?」
                「はい、皮肉な話ですがとても迅速な対応でした。……取締局。いえ、ジュノ政府はこの不祥事を隠蔽する事にしたのです。その捏造内容がソレさんにお見せした新聞記事です」
                 闇に葬られたのは、ゴブリンだけじゃない、のか。
                「人一人、優秀な捜査官の死の真相は明らかにされなかったってことか。いや、この先も永遠に、か」
                「殺されたイーガエガ捜査官はバストゥーク共和国出身でした。今なお続くジュノ大公国とバストゥーク共和国との軋轢は、二年前の当時はより一層激しいものでした。ですから事実を公表する事はとても危険だと、ジュノ政府はそう判断したのでしょう。
                 この事件の若い捜査官は、今はサンドリア支局で閑職についています。彼にとってもすねに傷ですが、この事件が明るみにならないようにする処置です」
                「飼い殺しってやつだな」
                「パンナは、二週間後に上級捜査官へ昇級する事になっていました。彼は甘いところもありましたが、とても優秀だったのです。だから、事件の場に居合わせた事も不問になりました。……きっとそれが、今も彼を苦しめているのでしょうね」
                 パーパは相変わらず無表情のまま続けた。
                「……彼は、罰せられたかったのでしょう。イーガエガ捜査官を殺したのは自分だと、ずっと自身を責め続けていましたから。結局、昇級を蹴って自らウィンダス支局への転勤を願いでました。それは永遠に罪を償う機会を失った彼の、せめてもの償いだったのかもしれません」
                 パーパは、葬られた真実を語り終えると、ふぅ、と一つため息をついてティーカップを両の手の中に収めた。
                 これがパンナの暴走の動機なのか。あいつはずっと罪を抱えて、麻薬を憎んで生きてきたのか。止められるのか、俺に。
                 ……いや、俺にその資格があるんだろうか。
                「ソレさんのご希望に沿えましたか?」
                「あ、ああ。悪いな、こんな話をさせちまって」
                「いえ、私の方こそごめんなさい」パーパは悲しそうな表情をして言った。
                「どうしてパーパが謝るんだ?」
                「私じゃきっと、パンナを救えません。パンナがこれ以上傷付く姿を直視する事も、ましてや制裁を下す事など……私にはとても」
                 パーパは、パンナがスコルニクスを殺した事を知らないだろう。それでもジュノで起きている『何か』に、セイントだけでなくパンナが関わっていると考えている。パーパは、どんなパンナを知ったんだろうか。
                「パーパ……俺達、追ってるものは同じなのか?」
                「分かりません。ですが、これが私の思い過ごしである事を切に願うばかりです。……私はこの件から手を引かせて頂きます。ずいぶん勝手ですが、あとは全てソレさんに託したいと思います」
                「……ああ、俺なりにやってみる。パーパ以外からも似たような事を頼まれてるしな」
                「はい、ありがと……ございま……す」
                 パーパは、頭を下げながら声を抑えて泣き出した。堰を切ったように長く、静かに。

                続き 三章 三節 傭兵の休日

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                三章 一節 大都市の光と影

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                       一章 一節 プロローグから読む方はコチラ

                   脇腹に感じる鈍い痛みで意識を取り戻すと、アイが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
                  「ソレ?」
                  「動くなよ。落ちる」
                   すまない、ありがとう。と口に出してジェイに伝えたかったが、動く気力も喋る気力すらも、体からすっかり抜け落ちていた。ジェイの大きな背中におぶさり、情けない事に自分の体を全て預けていた。
                   見慣れない陰気な細い道を進んでいた。もしかしたら一度通った道なのかもしれない、とぼんやりとした頭で視界の端から端へ移動していく薄汚れた壁の染みを、ただただ目で追っていた。
                  「ソレっ、もう……大丈夫だから、ね」
                   小さく頷き、それに応える。アイは輪をかけて大粒の涙をこぼしている。……そんなに泣くなよ、死んじまったみたいじゃないか。
                  「ごめんね、わたしのせいで……。わたしね、ソレがいつも無茶するから……、怖かったの。ソレ、お母さんが亡くなってからずっと剣を振り回してばっかりで……どこか、自分を傷つける場所を探してるみたいだった」
                   そんな事、考えたこともなかった。
                  「だからね、傭兵になるって言い出した時、本当はすごく反対だったんだよ。でも……でもね、『サンドリアの民ならば、常に志を持て』って、いつもわたしのお父さんが言ってたから。だから本当は……本当はイヤだったけど、すごく我慢したんだよ」
                   そうか、アイは――。
                  「でもね、一つだけ我慢出来なかったことがあったの。わたし、ソレを止める事はできないけど、そばにいて守ってあげるくらいはできるって……。だから、わたしもソレと同じ傭兵になろうってそう思ったんだよ。……あの時は、いっぱい怒られちゃったね」アイが無理矢理に表情を緩ませる。
                  「今……我慢してたこと全部話しちゃった。自分への約束破っちゃった……あはは」
                   ――本当に『子守』をしてたのは、アイの方、だったんだな。
                  「……アイ……、あり……がとう……な」
                  「うん……うん。もう、絶対に無茶しないで……ね。約束だから、ね」
                   そんなに目をこすったら腫れちまうぞ。泣き虫め。……本当にありがとうな。
                  「うっ!」
                  「ソレ! 大丈夫?」
                   ジェイが立ち止まる。
                  「頭に……」背の高いジェイにおぶわれていたせいで、羽虫を捕まえようと、高く居を構えていた蜘蛛の巣を引っ掛けた。
                  「もう、びっくりしたよ!」
                   ジェイが無言のまましゃがみ込み、アイは少し背伸びをして、頭に絡まった糸を優しく払っていく。これじゃまるで、父親におんぶされて、母親に頭を撫でられてる子供だな。
                  「ふっ」
                  「ど、どうしたのソレ?」
                  「なんでも……」
                  「ふぅん、変なの」アイはしばらく不思議そうに首を傾げていたが、すぐに嬉しそうな顔を浮かべた。
                   まだ捕らえられて死ぬわけにはいかないんだ。俺はこうやって生きて戻って、アイの笑顔を守って暮らして生きていくんだ。悪いな。
                   路地を抜けると、ジュノ警備隊と数人の若者がもみ合っていた。人目をはばからず、大通りのど真ん中での騒動だ。でも、珍しい事じゃない。
                   一際体格の大きなガルカの隊員が、けたたましく罵声を放つ、威勢のよい若者の首根っこを乱暴に掴んで軽々と上へ持ち上げた。隊のリーダーであろうヒュームの男が、すぐさま制止をかける。他の若者達は強烈な出来事を目の当たりにして戦意を喪失し、大人しく連行されることに決めたようだ。市民を守るための組織としてはやりすぎな気はするが、日々荒事の中で生きている俺が言える筋合いではないだろうな。
                   警備隊が、うなだれて歩く若者達を急かしながら、騒ぎの場を去っていく。リーダーの男は隊列の一番後ろを歩いていたが、不意に立ち止まった。男の視線の先には、赤い髪を頭の横に一つ結ったタルタルの女がいた。タルタルの女は、不安げな表情を隠す事無く浮かべていた。男は女に軽く会釈をし、女もそれに応じる。
                   察するに、過剰に騒いでいた若者達――きっと、酒を大量に飲み我を忘れて暴れていた――を、危険と感じ、警備隊へ通報したんだろう。ジュノでは、市民がお互いの事を思いやる気持ちを忘れないが、同時にお互いを監視し合う様な風潮がある。治安を守るのは警備隊だけでなく、自分達でもあるという自負がある。それがいい事なのか悪いことなのか、セイントの中でも意見は割れているが、世間的には概ね理解されているようだった。アイもジェイもその光景に対し、特に何も思う事はないようだ。俺を気遣いながら、騒ぎを尻目にゆっくりと通りの歩道を歩いて行った。

                  「悪いなウンディ」
                  「いいのよ、いつお客さんが来られても良い様になってるから」
                   こんなことを真面目に言う。『客』じゃなくて『患者』だろう。やはり、アイの天然さ加減は家庭教師譲りだな。
                  「それじゃ、私はもう行くわね。一応個室は用意させてもらったけど、あんまり大騒ぎして他のお客さんの迷惑にならないようにね。……傭兵の方たちって声の大きな人が多いんだから」ウンディはしかめていた表情を崩し、背を向けてドアノブに手をかけた。
                   言い忘れた、とでもいわんばかりに素早く振り向いた。
                  「あと、あまりアイちゃんを悲しませちゃだめよ? あの子は本当にあなたの事ばかり考えてるんだから」
                  「わかってるよ。気をつける」
                   若さっていいわね、にしても傭兵は……と、ぶつぶつ独り言を言いながらウンディが出て行った。
                   横になったまま部屋を見渡す。左手のサイドチェストに飾られた青い花は、清流を思わせる爽やかな香りを放っていて、病室然とした独特の匂いを感じない。様々な花をかたどった模様の薄茶色の壁紙。右手の壁には威厳漂う骨董品の時計が掛けてあり、短針が十時を指している。
                   窓からは海が覗けるが、今は日光をさえぎるためにカーテンが閉まっている。ベッドの両側には、蝶のレリーフを象った椅子がそれぞれ二つずつ、左手側には三人掛けのソファーがあって、大勢でも見舞いに来られるようになっている。足を向けた先の壁に飾られた一枚の絵画。確か、アンなんとかっていうウィンダスの画家が描いた『太古の血潮』という名の絵画だ。雷やら卵のような物が、一見不規則に描かれているが、何か意味があるんだろう。
                   意外にもジェイは絵画や彫刻といった物が好きで、気まぐれに自分の部屋に呼びつけては小さな鑑賞会を催してくる。この絵もジェイの部屋にも飾られていたな。以前画家からの仕事を受けた時に報酬として貰ったらしい。どうせ貰うなら世界に一枚だけの絵が欲しいと思うんだが、量産品でもいいものはいいんだろうか。
                   まったく品のいい部屋だ、何となく居心地が悪くなるくらいに。
                   個室を貸してもらえたのも、アイの元家庭教師であるウンディとの面識があるおかげだ。俺としてはあまり仰々しいのは好かないが、アイのたっての頼みで押し込められた形だ。切り傷や刺し傷ならアイの治癒魔法だけで処置できるが、銃弾を受けたとなれば、弾を摘出しない限りは傷を塞いでも意味がない。アイが応急処置として傷を塞いだものの、結局は病院送りというわけだ。
                   ジェイが、『銃弾の摘出なら俺にまかせろ』と言ってナイフを取り出した時は、さすがにアイも止めたようだ。ジェイの事を信頼していないわけじゃないが、人が気絶してる間に、物騒な物で体を掻き回されるのは勘弁願いたい。
                   物騒な物を扱う――この『モンブロー大病院』の医者も同じ事か。元々は、上層区の一角にあったこじんまりとした個人病院だったらしい。今や教会の鐘塔はおろか、上層区名物の時計塔すらをも超える高さの大病院だ。件の麻薬で精神を侵された人間も、ジュノ所属の傭兵団も、みんなここに厄介になっている、もちろん例に漏れず俺もだ。
                   七階建ての病院は、病室もめまいがするくらいにある。以前セイントに緊急の依頼が入った時に、非番のアイを呼びに訪れた事がある。その時は、本当にめまいがするくらい走り回って――もちろん病院の廊下は走ってはだめだが、あの時は一刻を争う事態だった――やっとの事で、倉庫から医療器具を運び出していたアイを探し出せたんだ。『受付で呼び出してもらえばよかったのにぃ』とアイに言われた時は、顔から火が吹き出るほど恥ずかしかったな。……あの時は本当に緊急だったんだ、俺がマヌケなわけじゃない、よな。
                   院長のモンブローは、優しい人柄と類稀なる医術の腕を買われ、ジュノ政府の支援を受けて国立の大病院を設立。友人にジュノ親衛隊隊長がいるらしいが、縁故などではなく実力だろう。ここに通う患者達の顔を見れば分かる、ここへ来れば何とかしてくれると、みんなが安心しきっている。ここでは魔法に頼らず医術による治療をする。魔法に頼らないのは院長の意向ではあるらしいが、実際に魔法は万能の力なんかじゃなくて、病原体に感染したり精神を病んだ時はどうしても薬を使う必要がある。俺の脇腹から銃弾を取り出したのも魔法じゃなく、医術だ。
                   ――人を救うための刃と人を殺すための刃、さて、俺はどっちだろうか。
                   扉がノックされる。入るね、とアイの声だ。
                   アイが、ベッドの横にある椅子に腰かける。
                  「えへへ、気分はどう? なんか病人さんみたいだね」と言って、静かに笑っている。
                   実際、似たようなもんだ。
                  「ああ、少しだるいが特に問題はないな。でも、この部屋はやっぱり大げさじゃないか?」
                  「いいの! 魔法で傷は癒せてもどっと疲れが出るんだから。鉄砲で撃たれて、その上手術までしたら、いくら頑丈な人だって安静にしてなきゃだめなのっ!」
                  「うーん……うん」
                   白魔道士に言われると説得力があるな。それにしても表情が少し恐い。
                  「それに、危険な目にはあったけどちゃんと成果は挙げたんだよっ。少しくらい休んでも罰は当たらないと思うよ?」アイはそう言い、鞄から水玉模様のりんごを取り出して器用に剥き始めた。
                  「成果、か。危険な目……いや、その中心点たる『危険の目』といえば、パンナは?」
                  「パンナさん? うーん、わかんないけど……あ! 『とりしらべ』っていうのの最中なんじゃないかな。パンナさん刑事さんだし! なんだかわくわくする響きだねぇ。と・り・し・ら・べ!」
                   パンナは刑事じゃなくて、麻薬取締官だけどな。まぁ、違いを言ったところで野暮ってもんか。
                  「わくわくはしないけど、あのゴブリンは捕まえたってことだな? ……あの成金野郎、一発ぶん殴ってやらないとな」
                  「ゴブリン? ヒュームの男の人達じゃないの?」
                  「見たことないマスクを被った太ったやつだよ」
                  「ふぅん、わたしは見てないなぁ。でも、ゴブリンさんで太ってるってちょっと面白いね!」
                  「はぁ、何にでも喜べるおまえがうらやましいよ」
                   そうかなぁ、はい、と照れながらつるりと剥いたりんごを差し出してくる。本当にかわいいやつだよ、おまえは。『たまには両親に顔を見せに、サンドリアに戻ったらどうだ?』なんて切り出してみようかとも思ったけど、『今朝言った事気にしてるんでしょ? 別に無理して付いてきてるわけじゃないよ』と、返されるのは分かり切ってるな。そんな無駄なことはやめて、アイの剥いたりんごをほおばるとしよう。
                   アイと他愛もない話をして一時間程経った頃、再び扉がノックされた。
                  「ソレさん、失礼します」
                   扉を開けて現れたのはエアだった。あの赤い帽子を脱いで一礼すると、足音を立てないようにアイの横へ来る。
                  「エアさん、来て下さってありがとうございます!」
                  「わざわざ来てもらって、なんか悪いな」
                  「いえ、そんな。アイさんから取締局へ連絡が来ていたのですが、私はまだ自室で休んでいたもので、来るのが遅くなってしまいました。それで、お体の方は大丈夫ですか?」
                  「ああ、この通り」と、少し体を起こす。「ててっ……」動かしてみるとやっぱり少し痛い。
                  「ばか! もう何してるの!」
                   アイに怒られるのも、うん、悪くない。
                   エアが壁際に据え付けてある三人掛けのソファーへ腰かける。ソファーとは少し距離があって、そちらへ顔を向けると少し首が痛い。
                  「ふふっ、あまり無理はなさらないでください。お手柄だったのですから、少々休んでも誰も文句は言わないでしょう」
                   見透かしたように、アイと同じ様な事を言う。退屈なのは苦手なんだけどな。
                  「そうそう、パンナさんも呼んでおきました。昨日の夜から活動しているというのに、彼は本当に熱心ですね。私が局へ足を運んだ時も、容疑者の取調べをしていたところですよ」
                  「あいつが仕事に夢中だなんて、今でも信じられないな。サボる機会をいつでも見計らってる姿しか想像できないぞ」
                  「パンナさんについては、昨日お話した通りですよ。……っと、噂をすれば何とやら、ですね」
                   ぱたぱたと廊下を走る音が近づいてくる。その音は部屋の前で止み、扉が唐突に開け放たれた。
                  「ソッレェ! 元気してるぅ?」
                   お馬鹿が、満面の笑みを部屋中にばらまく。エアは顔が引きつっている。静かにしろ、こっちはケガ人だぞ。
                  「元気じゃねぇよ。半分はおまえのせいでこうなったんだからな、もっと心配して早く来てもよかったんじゃねぇか?」
                  「あれぇ? まさにお荷物な人の言い分だねぇ。男なら、『別に見舞いになんて来なくてもいいんだぜ』くらい言って欲しかったんだケド」憎まれ口を叩きながら歩いてきて、アイの左側の椅子に座った。
                  「てめぇ……たたっ」
                  「怒っちゃだめだよソレ! パンナさんだってお仕事で来られなかったんだから」アイが、体を起こそうとするのを手で制止する。
                  「わかってるよ。……わかってるけど、一言言ってやらないと気が済まなかったんだ」
                   おまえを悲しませる原因を作ってるからだよ。くそっ、脇腹がじんじんと痛む。パンナといると血圧が上がるよ、まったく。
                  「冗談だよぉ? はい、これ入院見舞い」そう言ってパンナが差し出してきた袋の中身は、チョコレート、スティックキャンディ、スナック菓子、と、およそケガ人が食べるような物はない。
                  「おまえなぁ、自分が食べるもん持って来てどうすんだよ。……もういいよ、とりあえず大人しくしてろよな」
                  「はぁい」
                   そう言うと、パンナは持ってきた袋に手を突っ込んで、お菓子をまさぐりだした。
                  「ではソレさん、これは私からです」
                   エアが持ってきたのは実が膨れて弾けるように熟れた、黄色いパママだった。南国エルシモ島の特産品で長細い黄色の木の実。栄養価が高い上に体への吸収力が優れている、まさに打ってつけのお見舞い品だ。少しすえたような野生の香りが匂い立って、口の中に唾が湧き出てきた。
                  「エア、ありがとな」
                  「いえいえ、病院へ寄る前に朝市で新鮮なパママがあったので……。アイさんとパンナさんもどうぞ」エアが房から二本ちぎってアイへ渡した。
                  「ありがとうございます! はいっ、パンナさん」
                  「うん、なかなかおいしそうなパママを選んだタルね!」
                  「あはは、ありがとうございます」
                   なぜか上から物を言うパンナに、エアはそつなく対応している。礼を言うのはパンナだろうが。
                  「そぉいえば、局に若いにぃちゃん達が連行されてきてたよ。下層区で騒いでたから、警備隊がしょっぴいてきたみたい」パンナがパママを剥きながら言った。
                  「そいつらって……」
                   アイに視線をやったが、やっぱりパママを剥いていた。こいつが気に留めるはずもないか。エアはというと、何も口にせず考え事をしているようだった。
                  「そいつらは俺達も見た。酒でも飲んで暴れたのかと思ってたけど、……麻薬を?」
                  「うん、それも数種類の物をね。中にはこれもあったよぉ」
                   ちらっとエアを見たパンナが懐から差し出してきたのは、ヒュームの親指の先ほど大きさもある白い球体だった。タルタルのパンナが手のひらに乗せているせいで、とても大きく見える。
                  「それは?」
                  「これが巷で話題の新型麻薬『ネオモスタミン』だよぉ。僕も資料では見たことあったけど、実物はこれが初めてだよぉ」
                  「こんなに大きな物だったのか」
                   顔を見合わせたアイも、この大きさには驚いているようだ。
                  「ネオモスタミンだけじゃなくて、以前に流行っていた麻薬も持っていたみたいだね。仲間内で打ち比べでもするつもりだったのかなぁ? なんてね!」
                  「あながち間違いじゃないのかもしれないな。それにしても、噂の麻薬とすれ違ってたとはな、それほど蔓延してるんだな」
                  「うんうん、だからこそ僕がわざわざ来てあげたんだよぉ。せいぜい足を引っ張らないようにしてよね?」
                  「おまえは本当に口が減らないな。……もう慣れたけど」
                  「こうやって僕のペースに巻き込まれていけばいいの! まぁソレに手を焼かされたら、これで気持ちよくなってストレス解消だよぉ」そう言ってパンナは、上を向いて口を開けて白い球体を飲み込むフリをした。
                  「おい、それはま――」
                  「パンナさん!」
                   まずいだろ、と言いかけたところで突然エアが立ちあがり、怒鳴り声をあげた。二人の間に座っていたアイは、エアの尋常ではない怒声にまたがれて、早くも涙目になっていた。
                  「やめてください! そんな事をしたら死んでしまいますよ!」
                  「冗談だよぉ、さすがにそんなことはしないタル」
                  「冗談でも不謹慎が過ぎます」エアがいつもの声色に戻り、パンナのそばへ行って、白い球体を強引に取り上げた。
                  「これは預からせて頂きます。……というより、パンナさん、これは持ち出してはだめでしょう?」
                  「捜査官なら麻薬の所持は認められてるよぉ?」
                  「ええ、ですがそれは手続きを踏んでいる事が条件です。これは、今朝押収された証拠物品ですよね? 許可が下りるまで最低でも一日はかかります。それをあなたは黙って持ち出した。……立派な違法行為ですよ」
                  「それは知らなかったよぉ」と、パンナはいつもの調子でへらへらしている。
                   はぁ、とため息を漏らしながら、エアが再びソファに腰を落ち着け、小さな紙袋に球体を入れて懐にしまった。
                  「知らなかったでは済みませんよ。私たちは法の番人でしょう? 常日頃から、違法行為に対して断固たる意志を持って立ち向かわなければなりません。ましてや、今回のように民間の方々とお仕事を共にするならなおの事です。この都市に住む人達が、一体となってこの麻薬の被害を少しでも小さくしていかなければならない、そう思いま……ごほっ……思いませんか?」
                   エアはひとしきり喋った後、咳が止まらないようだった。
                  「エアさん大丈夫ですか?」少し目を赤くしたアイが、咳をしながら伏せるエアの様子を覗き込む。
                  「だい……大丈夫……です」
                  「風邪ですよね? お薬なら持っているので、飲んでください」アイは、ベッド脇のサイドチェストの水差しからコップに水を入れ、薬と一緒にエアへ渡した。
                  「粒状なのでとても飲みやすいですよ」
                  「はい、ありがとうございます」
                   アメ玉のような薬をエアが飲む。パンナはその様子を食い入るように見ていた。
                  「おいパンナ、エアが飲んでるのはおまえの好きなキャンディじゃねぇぞ。そんなところにまで食い意地張るなよな。おまえは少し反省ってもんを覚えろ」
                  「僕はあの後、眠らずにずっとお仕事してたんだケドなぁ。ずっと休んでたソレとは違うんだよぉ?」
                  「おまえは――」
                   と、こいつのペースに乗せられてはだめだ。落ち着け俺。
                  「なぁ、連行されてきた若いやつら、どうしてた?」
                  「どうって?」
                   俺と同じ年頃の連中が、どういう処遇を受けるのかが気になる。なにかとその副作用が話題になっている麻薬に、わざわざ手を出すのは馬鹿のやる事だ。でも、だからと言って、これからの人生が台無しになってしまうのはやはり可哀想だ。
                  「もしかして、心配してあげてるのぉ?」
                  「いや、そういうわけじゃ……」
                  「他人の心配をするなんて優しいことだねぇ。感心と同時に……ほとほと呆れるタル」と、パンナはやれやれと両手を上げて首を振った。
                  「なっ――」
                  「いい? もうソレは部外者じゃないんだよぉ? まだ外からこの事案を見ているつもりなのかもしれないけど、そういう甘さが命取りになるってことを忘れないでね」
                  「わかって――」
                  「死んじゃえばいいんだよ」
                   わかってる、そんなつもりじゃない、と言いかけたが、パンナの突き出した口は動きを止めずにそう漏らした。
                  「パンナさん!」エアが再び立ち上がる。
                  「社会の秩序を乱す人間は、消えちゃった方がいいんだよ。あの若いにぃちゃん達も死刑になっちゃえばいいよ」
                   パンナの口から放たれたその言葉は、まるで剣のように鋭く冷たかった。
                  「あぁ、本格的にお腹も空いてきたし、風邪を移されたら困るから僕は先においとまするねぇ」パンナは椅子の上から跳ね、「じゃあねぇ!」と言って病室を出て行った。
                  「おい! ……本当に行っちまいやがった。なんつー薄情者だよあいつは」
                   成金野郎の事を聞き逃したな。くそっ、あいつは何をしに来たんだ。
                  「なぁ、エアは上級捜査官なんだろ? さっきの件もあるし、あいつと一緒にやりたくないならチームから外してもいいんじゃないか?」
                  「それはあんまりだよ」俺の提案に、アイが抗議の声を上げる。
                   エアはにっこりと笑ってソファに座った。
                  「そんなことはしませんよ。違法行為は許しがたいですが、まぁお恥ずかしい話ですがこういう事はよくあるんです。それに彼は少々変わったところはありますが、昨夜話した通りとても優秀な捜査官です。……ソレさんも既にお分かりでしょう?」エアがコップをサイドチェストへ戻す。
                  「まぁ……まぁそうかもしれない」
                   俺じゃあ代わりになれない事は確かだ。色んな意味で。
                  「若者達の件ですが、安心してください。死刑になったりはしませんよ」
                  「……そうか」
                  「ソレさんのお気持ちは分かりますよ。ですが罪を犯したとはいえ、まだ若い人達ですから更生する機会もたくさんあります。それに他の捜査官から聞いた話によると、まだ未遂のようです」
                   ガルカの隊員に首根っこを掴まれていたのが主犯格の青年だった。彼は、上層区に屋敷を構える名士の息子で、お金と暇を持て余すあまり、友人を連れ歩いては何かと騒ぎを起こしていた。
                   取調べによると、二百四十万ギルという『お小遣い』を父親から受け取り、そのほとんどを支払って白い球体と呼べるほどの大量のネオモスタミンを入手したようだ。使用目的は、既存の麻薬と効果の比較。前科は無いが、今回の件で彼は懲役五年執行猶予無しの実刑に相当し、他の青年達も、懲役一年執行猶予三年相当、と見込まれる。大人からの注意では済まされない。薬物に関連する刑罰は重い。と、エアが若者達を担当した、知り合いの捜査官から耳に入れたことを話してくれた。
                  「そんな重い罰でも、この病院に入院してる重度の患者よりましだな」
                  「本当にそうだね……」そう呟いたアイの表情は暗かった。回復の見込みのない患者がいる辛さは、この中で一番知っているんだ。一度落ちてしまえば闇だ、それが浅かろうと深かろうと。
                   それを考慮してか、「未遂で逮捕できたのも、この都市の自浄作用のおかげですね」と、エアの言葉には、社会の光が窺えた。
                  「監視社会、か」
                  「ええ、悪く捉えれば。ですが素晴らしい事ですよ。私の生まれたバストゥーク共和国では、地域に住まう人達の関係はとても希薄ですから、見てみぬふり、触らぬ神に祟りなし、です。ジュノ大公国の人達は、関係は希薄ながらも公国民としての気高さがあります。中立国としての国民性、と言えるかもしれません」
                  「えらくジュノの事を買ってるんだな。バストゥークとジュノと言えば、他の二国よりも相性が悪そうだけど」
                  「あはは、今の国交状態ではそう思われても仕方ありませんね。……私はジュノが好きですよ。小さな頃から、弟と一緒にジュノで働く事が夢だったくらいです」
                  「弟がいるのか。弟はバストゥークに?」
                  「いえ、先を越されてしまいましてね。彼は十八の頃からこちらで仕事をしています。私はこの通り……行ったり来たりで落ち着けません」エアは口元を緩めながら俯いた。
                  「弟さんとは会ってるんですか?」アイが気を回す。
                   俺は一人息子だから、離れて暮らす兄弟に顔を合わせる感覚は分からない。でも、家族に会いたいという気持ちは同じはずだ。
                  「ええ、ジュノ本部へ異動になったので、挨拶に。……私ばかりが喋っていて疲れてしまったと思います」
                  「そうか、会える時に会っておくのはいい事だな。俺達も今回の仕事が片付いたら、一度戻るか」
                  「う、うん。そうだね」
                   連れ戻されるのを心配してるな。アイの目が左右にひっきりなしに動く。瞳が逃げ出す場所を探してるみたいだ。
                  「そういえば、それ、さっきパンナが食べようとしたけど、本当に死ぬのか?」エアの懐に指を指した。
                   エアは両膝に手を置いて、表情を強張らせた。
                  「はい。これは、経口摂取する種類の薬ではなく、注射器を用いて直接体内へ入れるんです。この大きさですと数十回分の量はあるでしょう。飲み込めば例えここが病院であっても、治療も間に合わずに死に至るでしょうね」
                   俺とアイは同じ事を考えているだろう。パンナは何と恐ろしい事をしていたか。エアは続けた。
                  「それに、これは相当毒性の強い原料から作られているようです。噂……いえアイさんは知っておられると思いますが、本来の使い方で常用していても、人体にかなりの悪影響があります。未だに効果的な治療法も確立されていませんし、今後もその見通しは暗い――はずだったんですよね」
                  「はずだった?」
                   エアは小さくうなずいた。
                  「パンナさんが連行してきたのは、密造グループとバイヤーを結ぶブローカーだったようです。彼らを取り調べた結果、分かった事があります。新型麻薬には名前が付けられていなかったんですが、最近ブローカー達の間では『ネオモスタミン』と呼ばれるようなったようです。名前の通りであるなら、キノコが原料でしょう。新型麻薬を製造している密造グループ『青い歯車』がジュノ近辺でしか活動してない事を考えれば、無数に想定されていた原料の特定も、もはや時間の問題ですよ。治療法も見つかるかもしれません。本当にお手柄ですね」
                  「俺はあいつの独断行動を認める気はないけどな。こんな事が何度も起きるなら命がいくつあっても足りないぞ」
                   エアとアイは、その通りだ、と言わんばかりにうなずいていた。とは言っても二人の表情はとても嬉しそうだった。なにせ、新型麻薬が出回って一年、謎に包まれていた原料のしっぽを掴んだんだ。誰が新型麻薬に名前を付けたかは知らないが、馬鹿正直なネーミングセンスに感謝、だな。――いかに巧妙に隠していたとしても、青い歯車とやらが組織である以上はどこかに隙ができるもんだ。
                   話も尽きてきたところ、二人はそれぞれ用事があるということで病室を出て行った。エアは捜査本部へ新情報を元に捜査方針を固めに。アイは、俺が復帰するまでは病院の手伝いに戻るらしい。大きな仕事を扱っているというのに、いつもの調子でいていいのか? と、疑問を感じるが、アイとパンナを二人きりにすると、今回の二の舞になるかもしれないしな。まぁ、これでいいだろう。

                  「――ソレ、起きろ」
                  「うぅん? キョウか」
                   キョウも見舞いに来てくれたようだ。目を開けると、ライトイエローのカーテンが、うっすらと夕日に溶け込んでいた。どうやら夕方まで寝てしまっていたようだ。
                  「伝えたい事がある。起きてくれ」
                   重たいまぶたを開くと、眉間にしわを寄せて、肩で息をしているキョウがいた。着物の胸元が、派手にはだけている。なりふり構わず走ってきたようだ。
                  「見舞いって顔じゃないな。キョウ、今までどこへ?」
                   ただ事ではないと、一目で分かる。キョウが慌てる姿なんてそうそう見られるものじゃない。
                   どうやら俺は眠りの神様に見放されているらしい。
                  「わりィ知らせだ。業突く張りのスコルニクスが――死んじまッたぜ」

                  続き 三章 二節 閉ざされた事実

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                  二章 五節 暁の独断先行

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                         一章 一節 プロローグから読む方はコチラ

                     アイが目の前にいた。小さな体で俺を揺らし、甲高い声で頭をぐぁんぐぁんと叩く。アイの手がやけに冷たくて不快だ。
                    「ソレ、起きて! 大変なの!」
                     二日酔いのせいで体がだるい。出し抜けに『大変だ』なんて言われても、案外、体は危機回避を行おうとしないんだな。
                    「うーん……大変って何だよ?」
                    「パンナさんが詰め所にいないの!」
                     あいつが詰め所にいないと、どう大変なんだ。アイの思考回路はよく分からない。いや、いつもみたく正しく情報を伝えられていないんじゃないか。困ったもんだ。
                     それとアイ、こんなにも頭が痛くなる程飲んだのは、おまえのせいだぞ。『パンナさんの用事が終わったらすぐに顔出すからね』なんて、期待させるからずっと待ってたのに。
                    「ソレぇ! ぼぅっとしてる場合じゃないの! 早く探しに行かないと大変な事になりそうなの!」
                     腕を引っ張るな、そこを引っ張られても痛いだけだ。鉛のように重たい体を起こすと、アイが剣を渡してきた。
                     薄く目を開いて自室の暖炉のある壁に飾った、サンドリア王国の国旗を見る。本来なら、国旗の下に設置した飾り台に置いてある俺の剣だ。『剣とは国の為にあるべきだ』と、口酸っぱく言っていた親父の言葉が、祖国を離れようとも、騎士道を捨てようとも、今でも俺の生活の中にあった。
                    「もう! どこ見てるの! 本当に緊急事態なんだから!」そう言うと、アイはブツブツと何かを喋り始めた。いや、これは――
                     一瞬で目の前が真っ白になり、意識の波が、遠くの沖から一気に岸へと押し寄せた。
                    「馬鹿やろう! いきなり閃光の魔法を使う奴がいるかよ!」
                    「やっと起きてくれた。ソレ、本当に大変なの! パンナさんを助けて!」
                     真っ白だった視界がはっきりしてくると、アイが大粒の涙を零してひざまずいていた。
                    「……何があった? 落ち着いて話してくれよ」
                    「わたしのせいなの」

                     居住区を抜けて、歓楽街まで一気に走ってきた。もうじき夜が明けると言うのに、俺やアイと同年代か年下であろう若者達が、そこかしこで浮かれ騒いでいた。
                    「ここなんだな?」
                    「うん……たぶん、ここ、だと思う」
                     アイに案内された薄暗い路地の入り口には、『マーチャンティクス・スコルニクス通り』と書かれた、明らかに最近になって据え付けられた小汚い看板があった。
                    「どうしてすぐ俺に知らせなかった?」アイは目を逸らすと、俯いて黙りこくった。
                    「なんで黙るんだよ。言えない事情でもあるのか? もうそんな風にしてる場合じゃないだろ!」
                    「ごめんね……わたし、ソレに無茶をしてほしくなかったから」
                    「何言ってんだ? 今の状況を考えてみれば無茶をしたのは、パンナとおまえだろ! 気になる事があったらパンナとエアに相談しろと言ったが、まずはセイントの俺達に話すだろ!」
                    「ごめん、なさい」
                    「はぁ、馬鹿だな。……まぁ、済んだ事は仕方がない。とにかくパンナを探すぞ。あいつは何を考えているか分からんからな」
                     パンナは今、この路地の先にいるはずだ。独断で動いた事にも腹が立つが、アイを悲しませた事にはもっと腹が立つ。何より、やはり心配だ。
                     ――パンナめ、アイを長々と連れ回したと思えば余計な仕事を増やしやがって。俺達が飲んだくれてる間に、アイの勤める病院へ事情聴取とは。案外、仕事人間じゃねぇか。
                     “『業突く張りのスコルニクス』が新型麻薬『ネオモスタミン』を売り捌いている”、か。
                     しかもよりによって傭兵団の屯所が多く存在する下層区で。
                     その名の通り図太い性格の野郎なんだろう。確かにアイに頼めば、病院に入院している麻薬中毒患者と話しはできる。だがどうやってパンナは、今まで聞けなかった情報を引き出した? 患者の男は入院して二週間も経つのに、ずっと精神錯乱状態だったというし……。アイは心配してこっそり様子を見てたようだが、特に乱暴な事もしなかったようだ。
                     にしても、アイのやつ。深く考え込んでいたパンナが何かをやらかすと踏んで、詰め所まで送り届けたのはいい。しかし、外から見張っていたくせに、いつの間にか眠りこけてこのザマとは。……まぁ、勘は悪くない。
                     一歩踏み進んだ路地は、予想以上に複雑に入り組んでいた。道は前後左右にあるだけでなく、上にも下にも続く階段があちらこちらにあり、パンナがどの道を進んでいったのか全く見当がつかない。
                     上を見上げると藍色に染められた空が、建物と建物の間に切り取られていた。狭い通路には雑に置かれた樽があり、雨水が自然と蓄えられていて、藻が繁殖して水は緑色に変わっている。足元には割れたガラスの欠片が無数に散乱しており、避けて通るのは難しい。
                     こんな場所なら怪しげな連中を多く見かけると思ったが、普段、余程質の悪い連中がたむろしているのか、誰一人として姿を見かけない。
                     右の通路を進めば行き止まりに出会い、左の通路を進めば道は途絶え、真下には海が覗けた。戻ろうと引き返すが、道を一つ間違え、居を構えた小さな蜘蛛と目が合った。蜘蛛の巣には何の虫も捕まっていなかったが、根気よく待ち伏せをしているこの小さな蜘蛛は、獲物が掛かれば一瞬でその毒牙にかけるんだろう。まるで路地の最奥で待つ運命を暗示しているような、嫌な予感が頭をよぎる。
                    「くそ! こんなんじゃ埒があかないぞ! アイ、あいつがどこに行ったのかこれ以上は分からないのか?」
                    「分かんないよぉ!」あ、と小さくつぶやいて、「上から見下ろしたら分かんないかな?」
                    「――それだ! 冴えてるぞ! アイ、はぐれるなよ!」
                     上りの階段を手当たり次第に駆け上がっていく。よく考えられて設計されたジュノにしては珍しく、無意味な道が多い。くすんだ色をした石造りの足元は、案外最近になって作り足されたものかもしれない。スラムの住人が、好き勝手に道を作ったと考えれば、この通路の出来にも合点がいく。
                     麻薬密造グループはここに目をつけたってことか。悪さをするには、まさに打って付けの場所ってわけだ。
                     俺達は行き止まりにあえば引き返し、次の階段へ向かう。何度もそうしてるうちに、ようやく、下層区全てを見渡せそうな高い建物の屋上へ辿り着くことができた。視界の端には、今にも空に消え入りそうな最後の星が瞬いていた。
                    「どこだ! パンナっ! どこにいる!」目いっぱいに叫んだ声は、薄暗い寒空に鈍く反響した。早朝だからか、急な階段を全力でのぼったせいか、心臓がちくりと痛んだ。
                    「パンナさん、どこにいるの!」
                     見下ろして周囲を見ていると、薄暗闇の中で何かがきらりと反射した。少し開けたその場所には――パンナのマントだ! あいつの目立ちたがりな趣味がこんな所で活きてくるとはな。
                     だが、どうやら既に人間の男達に囲まれているようだ。やりあって負傷しているのか、パンナは左の二の腕を押さえ、ゆっくりと後退し続けている。
                     やっぱりこうなってるよな。悪い予感は概してなかなか外れてくれない。
                     あの場所まで、どのくらいかかる? 間に合うのか!
                    「アイ、おまえは引き返せ。あれだけの人数だ。それに、地の利も向こうにある。……おまえは来るな」
                    「でも……」
                    「でもじゃねぇ! こうなっちまったのはおまえにも責任はある! この状況を打破したいのなら、何が何でもジェイ達を呼んでこい!」
                    「ソレは一人で行くの? そんなのっ……そんなのダメだよ! 絶対にダメ!」アイが瞳を濡らし、泣きわめく。
                     泣き虫め。おまえにもしもの事があってみろ。俺は生きて帰ったって何も嬉しくないぞ。
                    「いいか、よく聞け。俺はこの二年、おまえら三人を引っ張ってきたろ? いくらでも修羅場をくぐってきたじゃねぇか。今更この程度の事、屁でもないぞ」
                    「だったらわたしも行く! わたしだってもう五年間も傭兵やってきたんだから!」
                    「リーダーの言う事は絶対だ! 五年間もこの仕事をしてきて、そんな初歩的な事も忘れたのか? ……それにおまえの脚には結構信頼を置いてるんだぞ。ジェイやキョウがいればあんな奴ら、一瞬で片付くさ。だから、頼む。急いで二人を呼んで来てくれ!」
                     ――思えばティルの口癖が移ってる気がするな。
                    「ソレ……。分かった! すぐに呼んでくるからね! 絶対に無茶はしないで!」唇を噛み締め、意を決したのか、何度も頷く。
                    「これ、使って!」腰のポーチから小さな小瓶を二つ取り出し、「この青い薬は、怪我に塗りこむと自然治癒力を高めてくれるの」そう言って、小瓶を握らせてきた。二本持っても、手のひらに収まるほど小さい。
                    「おまえ、こんな物をいつの間に……」
                    「言ったでしょ、薬を作ってあげるって! ……わたしがいない時はこれを渡すようにするから!」
                    「ってことは、あのキノコのか……?」
                    「ううん、これはセージと『モルボルのつる』から作るの」
                     うげぇ! どっちにしても口にしたくない植物かよ! まだ動かない分、キノコのほうがマシに思えるぞ。
                    「で、こっちの緑の薬は?」
                    「それはパンナさんに渡して! 『口封じの魔法』を解いてくれるの。魔道士必携の薬だよ!」
                     魔道士は、呪文を唱える事で魔法を行使する。ゆえに言葉を操る事ができなければ、魔法が使えない、か。あえて原材料は聞かないでおこう。
                     目で了解の合図をし、薬瓶を無造作に鞄へ詰め込んだ。
                    「アイ、道に迷うんじゃねぇぞ」
                    「……バカ」アイは、そう言って頬を伝う涙を拭い、駆け出した。
                     アイが走り去る後姿を見送ると、頬を両手で打ち鳴らし気合を入れた。その自分の行為に、ふっ、と自嘲の笑いが漏れる。
                     ああは言ったものの、あんだけの人数どうすりゃあ――いや、奴らを殲滅させる必要なんてどこにもない。パンナを連れて、この路地を脱出する!
                     何も馬鹿正直に『道』を走らなくてもいい。
                     そう閃いてからは、足は、これ以上ない程勇敢で信頼のおける相棒となった。
                     通路を避け、幾重にも連なった家屋の屋根を飛び越えていく。朝露で濡れた金属や陶製の屋根瓦へ着地する度、湿った足場とは対照的に、無機質な乾いた音を立てる。これで、気付かれてもいい。奴らの注意を引けるのなら、なおさらいい。このまま、真っ直ぐパンナのところへ突っ走る! 
                    「パンナッ!」
                     まだだ! まだ遠い! 
                     高さの不揃いな段差を飛んで跳ねる度に、革鎧の上に着けた、鉄製の胸当てが上下に揺れ遊ぶ。ひざが衝撃を一手に引き受け、ぎちぎちと痛む。視界の下からは、ひさしで休んでいた鳥達が、屋根を走る馬鹿に驚き逃げていく。
                    「パンナッ!」
                     銀刺繍の派手マントが翻った――
                     声が届いた! 色とりどりの屋根瓦の谷を飛んで走る。もっと前へ踏み込め! 一段と開いた屋根の谷間を飛び越えると、ようやく開けた場所に隣り合う屋根へ辿りついた。
                     空にきらめいていた最後の星は、色を取り戻し始めた空にさらわれて消えていた。
                    「パンナッ! こっちへ来い!」
                    「ソレ! どうしてここに!」驚いた表情を浮かべ、こっちを見上げる。
                     マントの随所には、刃物で裂かれた痕があり、真っ赤な礼装も破れてほつれていた。
                    「はっ! どうしてじゃねぇよ! おまえの行動は分かりやすいんだってな! まったく、俺達の周りの女はどうしてこんなに勘が鋭いのかね!」
                    「一体何を――」
                    「うるせぇ! 面倒は起こすなって、そう言ったろ! 大体な、そんな派手な恰好してたら、悪党どもに『私はあなた方の敵です』って言ってるようなもんだ! これに懲りたら、もう少し地味な服装を心がけ――」
                     ヒュッ、と音が聞こえると、目下の男が構えた弓の弦が揺らいでいた。何かが頬を掠める。
                     ちょっ、あっ! 濡れた瓦に足を取られ――ドッ! とパンナのいる高さまで背中から落ちた。落下の衝撃で鞄の口が緩み、青い薬の瓶がころころと転がっていく。
                    「……いてて」
                    「ソ、ソレ?」
                    「……すまん。やっちまった」
                     転がっていく瓶を追っていた視線を上げると、そこには剣や弓を構えたヒュームの男達数名が、殺気立った表情で俺達を睨んでいた。数は――剣士が六人に、弓使いが三人。先ほど矢を射った男は、満足そうに鼻をならしていた。
                     一番奥には、貴金属や宝石を身に纏った成金よろしくと言った、小太りのゴブリンが屋根の縁に座していた。『成金』は、特注であろう悪趣味なマスクを被り、パイプ煙草の煙を静かにくゆらせている。
                    「邪魔、入ッダ。ダガ、マ抜ケ、弱ゾウダ」成金はブヒブヒと引き笑いを立てている。
                    「はぁ……これでも一応そこらのゴロツキよりは高給取りなんだがなぁ」立ち上がりながら、同じ様に金で雇われたであろう男達を睨みつけた。
                    「んー、本当に邪魔が入ったよぉ」
                    「はぁ? おまえ、よくこの状況でそれが言えるなぁ。助けに来てやったんだから少しは感謝しろよな」
                    「頼りない部下を持つと大変タルなぁ。ティルにゃんの苦労も分かるよぉ」
                    「おい! 話聞いてんのか?」
                    「で、これで全部なのぉ?」パンナが成金に問いかける。
                    「ブェッブェッ! 豪華、葬シギ、ガ、好キナノカ。オデノ、軍タイ、モットイルゾ! オマエラ、デテコイ!」そう呼号すると、成金を乗せた家屋――これまた小汚い木製の扉から、四人の男達が現れた。手には、やはり物騒な物を持っている。よくもまぁこんなにも。
                     悪党ってのは、集まりやすいようにできてるのか、それとも群れるから悪いことをしてしまうのか。
                    「第イチ部タイ、ト、第ニ部タイ! オデハ、ザナガラ『ゾウ司令カン』ダ! モットモット! 儲ゲテ、軍タイ、大キグスル! ブェッブェッ!」
                    「いるいる。大人になっても『ごっこ遊び』に興じちゃう人。まぁ、僕も好きだけどね!」
                    「少シ、ハナシ、分カル、ヤツダ」
                    「おい、パンナ。あのごてごてと派手な装飾の奴がスコルニクスか?」
                    「うん、あの丸々太ったかわい子ちゃんがそうだよ」
                    「てか、さっきからあいつに同調したり、認めちゃったり、そんな体で余裕ぶってる場合か?」
                    「どんな時でも冷静さを失っちゃだめなんだよ、ソレ」
                    「あのさ、おまえ、自棄になってるだけじゃねぇだろうな? ……とりあえずコレ」と、言って緑の薬を取り出して投げ渡した。「アイから、おまえにだとよ」
                    「うわぁ、プレゼントかぁ! ……まだあったかい! アイさんのぬくもりを感じるタル!」
                     俺が全力で走ってきたからだよ、せいぜい俺のぬくもりを楽しみやがれ――って、あれ? 両手で瓶を見てるが、左腕を押さえていた右手に血がついていない。
                    「じゃあ、全員出揃ったみたいだし、始めようかぁ」パンナは薬瓶を懐へしまうと、その手で腰のレイピアを引きぬいた。
                     俺もすかさず、背負っていた盾と、腰のブロードソードを引き抜いて構える。くそ! 二人でどこまでやれる?
                    「コス抜ケ。仲マ、キテ、ツヨ気ニナル。ツヨガリ、オモ白イ!」ケタケタと笑い、腹を抱えているが、マスクの奥から覗く目には明らかな敵意が灯っていた。
                    「僕にはねぇ、信条があるんだよ。この世の悪と言う悪は成敗するってね。だから……この場にいる君達悪者は、みぃんな捕まえるよ!」
                     パンナはそう言うと、目を閉じ、レイピアを突き出した。そして、今まで聞いたことのない言語で魔法を詠唱し始めた。いや、早口で詠唱してるのか?
                     ごろつきの男達に動揺が走る。今やっと、魔道士を相手取っていると気付いたようだった。
                     心なしか肌にじりじりと熱さを感じる――突然、パンナの剣が持つ鋭い切先から炎が立ち上り、見る見るうちにその刃を染めていく――と思ったが炎は、ふっと掻き消えた。
                    「間違えた! これじゃあ殺しちゃうところだったタル!」頭を小突いておどけ、赤い羽根付き帽子をくいっと脱いで上へ放り投げた。
                    「ア、アイツ、マ法ツカウ! アブナイ! コロゼ、コロ――」
                     前兆もなく突風が間近を通り過ぎ、音を奪い去る。あまりの風圧に目を閉じずにはいられなかった。
                     ――バチィッ! と、チョコボを鞭で打つよりも鋭い音が前方に弾けた。目を開けると、弓を構えていた男が倒れ込んでいた。
                     パンナの姿が無い。ほらっ! とパンナの声が一瞬耳に入った。素早く辺りを見回したが、どこにも姿が見当たらない。姿を捉えられずにうろたえているのは、敵も同じだった。
                    「ついつい、炎を出しちゃうんだよねぇ! てゆーか、『赤の称号』ってこっちじゃあまり知られてない? 僕らってもっと有名だと思ってたのになぁ」
                     頭上か! 昇り始めた朝日に目を細める。まだ、周囲に気流が発生し続けている。風? 風を操って飛翔してる? 魔法はそうやって使うものなのか!
                    「お、おい! パンナ!」
                     ――ドサッ、ドサッと、またも弓使いが二人倒れた。何が起こったのか正確には把握できないが、成金が太ももに灰をこぼして小さな悲鳴をあげていた。
                    「ふぅ、三丁あがりぃ!」
                     パンナが風に乗って、俺の傍へ舞い降りた。風に揺られて落ちてきた帽子を器用に受け止め、頭に納めた。剣からは紫電がほとばしり、無数の小鳥がさえずるような音を放っている。
                    「パンナ――」
                    「これで、弓矢に狙われる事はないよぉ? さぁ、ソレも協力してくれる?」
                    「あ、ああ。……分かった。話は後って事、だな?」
                    「そういう事!」
                     電光石火の先制攻撃はもう通用しないってことだな。こうなったら地道に数を減らすしかない。金で雇われてる連中だ、あと一人、二人やっちまえば命惜しさに逃げ出すハズだ。そうなった時が逃げ出す機会!
                    「ヤ、ヤツラ、シャベッテル! 今ノウヂ、ヤ、ヤレ! カネ、タグ山、ヤル!」
                     号令を掛けられた先頭の男が、側面からパンナ目掛けて剣を振り下ろす。パンナが横目でレイピアを振り上げ、その力を受け流す。同時に、パシッ! と音を立てて、剣士の男は糸が切れた操り人形のように倒れ、それっきり動かなくなった。
                    「あぁ、それと。……殺しちゃだめだよ。みんな捕まえるんだから」
                    「はぁ? 『殺すな』は、いくらなんでも難しいだろ! ってか、この状況なら当然逃げの一手だろ? 馬鹿が過ぎるぞ!」
                    「はぁ、これだから傭兵は荒っぽくて困るタル。殺しは戦争の時だけで充分だよ。無闇な殺生はダメダメ! ……君達も――」パンナは言い切る前に、地面を蹴り、急襲を仕掛けると、また一人倒れ込んだ。「理解してるぅ?」……不意打ちとは、外道め。
                     敵はじわじわと距離を詰めて来ていた。こっちはもうほとんど下がれねぇっていうのに。
                     背後は壁、路地はとりあえず見当たらない。俺とパンナのいる場所は三方を家屋に囲まれて、中庭のようになっている。
                     パンナの奴、どうしてこんな場所に追い詰められるまで――まさか、敵さん全部引きずり出すために? 『信条』ってやつのために?
                     ……くだらねぇ。何ものも、命と引き換えになんてできるかよ。
                    「アイツ、カラ、ヤレ!」成金が、宝石で飾った指で俺を指す。
                     敵さんの標的は、どうやら俺に移ったようだ。後ろの方に隠れていた『第二部隊』の視線が俺に集まる。へっ、魔法が使えない俺なら殺れると踏んだわけか。……目に物見せてやる。
                    「だんなぁ! このマヌケを倒したら報奨金を出してくれよな!」
                    「ソッチ、ノ、マ抜ケ、ハ、安イゾ!」
                     長髪の剣士が成金にせびる。誰がマヌケだ。あったまきた。
                    「ソレ!」
                    「馬鹿! 分かってる、俺なら大丈夫だ! 捕まえるんだろ? あの成金を」突進してくる長髪の剣士から目を離さず答えた。「言ったからには、絶対に逃がすんじゃねぇぞ! 行け!」
                    「まっかせといて!」
                     パンナが成金に付いた護衛五人に刃を向ける。
                     パンナの『信条』は悪党を全て捕まえる事だろうが、この危険な捜査の真の目的は、成金スコルニクスを捕まえて情報を得ることだろう。せっかく張った命だ、無駄にしてもらっちゃ困る。
                     ――『長髪』の剣先が肩をすれすれに振り抜かれる。造作もねぇ! 最初の一撃を、二歩前進で長髪の右横へかわし、すれ違いざまにすねを斬りつけた。ぐぅ! と呻いて、長髪が倒れこむ。間髪を入れず顔面に蹴りを叩き込む。手足をジタバタさせてもがき呻く長髪から剣を奪い、背面の屋根の上へ放り投げた。もう一度顔面に蹴りを入れると、観念したのか体を丸めて大人しくなった。
                    「死ぬよりはましだろ?」残りの二人を真っ直ぐ睨みつけ、威圧する。
                     耳の至る所、鼻に口にと、節操無しにピアスをつけた男と、金色のチェーンネックレスを何重にもぶらさげた男が顔を見合わせ相談している。『ピアス』と『チェーン』が同時に動き出した。
                     ……成ってねぇ。
                    「ぜんっぜんっ成ってねぇんだよおめぇら!」
                     左手で、胸のホルダーから投げナイフを引き抜き横手投げ――宙を舞った黒光りの殺意が、ピアスの肩口に突き刺さった。ピアスが、ぎゃあ、と低い声で悲鳴をあげた。不測の攻撃にチェーンがたじろぎ、後ずさる。――逃がすかよ!
                     風化し、砂利に姿を変えつつある地面を蹴り、低い姿勢のまま盾を前に突き出し、チェーンの剣を盾で撥ね付けた。下方向からの強烈なタックルを見舞い、チェーンが体勢を崩しかけたその瞬間を狙い、足を掛ける。右手を振り上げて剣の柄頭で胸を殴打し、勢いをつけて転倒させた。硬い地面と背骨の一部が接触したのか、石がずり落ちるような音が鳴った。
                     仰向けになって顔をひきつらせたチェーンの首筋へ剣を向け、ピアスを睨む。
                    「おい! 針刺しみたいな顔したおまえ! 動いたらこいつを殺す!」
                    「ガキィ……でめぇ絶対ゆるざねぇ! ぜっだいにゆるざねぇ!」ピアスは、目を真っ赤に充血させながら、刺さったナイフを抜くとその場に投げ捨てた。……あぁあぁ、んなことしたら血が止まらなくなるぞ。ってか、当然のように仲間意識はないのな。
                     チェーンの鼻柱を思い切り踏みつけ、「動くなよ!」と、言ったが、うーうー呻くばかりで聞いちゃいなかった。
                    「ふうん、結構やるねぇ! セイントのお荷物担当だとおもったケド、見直したよぉ!」パンナが手を広げて大げさに驚いた振りをした。目を見開いた表情は一層わざとらしい。
                    「誰がお荷物だ! ……こちとら五歳の時から剣術を磨いてきたんだ。そこらのごろつきじゃ相手になんねぇよ。ってか、前だけ見てろ!」
                    「おい! ガキィ! でめぇ俺様を無視しでんじゃねぇ!」
                    「……はぁ、息巻いてんのはわかるんだけどよ。俺の相手をできるのはもうあんただけだぞ。三人仲良く星空観察でもするか? もうとっくに時間外れだけどな」
                    「うぐっ……!」
                    「こちとら朝っぱらに叩き起こされていらついてんだ。……これ以上やるってんなら命の保証はできねぇぞ」
                    「……くぞっ! 覚えでろよクソガキィ!」
                     ピアスは左肩を押さえながら、小悪党然とした言葉を吐いて、背を向けて逃げだそうとした――その時。
                     狭い空間を木霊する破裂音が響いた。ピアスは声になり損ねた吐息を漏らし、崩れるように倒れこんだ。
                    「ニゲルヤツ、許ザナイ!」そう怒号を上げた成金の手には、小型の銃が握られている。「コレハ、バストゥーグ、ザイ新シキ、試サグ品ジュウ! ゼン五ヒャグマン、ギル、カカッタ! タマ、イッ発、五マンギル! オマエ、イノチ、ゾレダケ、価値チ、アルカ? ブェッブェッ!」
                    「ソレ!」
                     パァンッ! と、二発目が発射され、パンナの足元を掠め去る。
                    「ヒトノ、シン配、ハ、マ抜ケ!」
                    「パンナ! どうするんだ! あんな風に連発できる銃なんて相手したことねぇぞ!」
                     右手に、レンガで壁を作ったゴミ置き場がある、まずはあの物陰に隠れるか――ろくな代案も浮かばないまま、駆け出そうとした瞬間――三度目の破裂音が響いた。
                     同時に、左の脇腹に焼けるような熱さ。肉を押しつぶしていく音が、体の内から聞こえた気がした。脚の力が急速に抜け、ヒザで地面を打つ。
                    「があっ!」
                    「ソレ!」
                    「マ抜ケ、フタリ、イラナイ。弱ゾウナ、マ抜ケ、退ジョウ! ブェッブェッ!」
                     くそ……ここまでか。……血が、止まらねぇ。とっさに押さえた左手のグローブは、とっくに真っ赤に染まっている。
                     ……土台無理な話だったんだ。あぁ、なんでこんな事に首突っ込んじまったかな。あいつが泣いてたから……あいつに責任を負わせたくなかったから、か。覚悟できてたつもりだったけど、やっぱり死にたくねぇな。……俺が死んだらあいつは悲しむだろうな。
                     ――俺が死んだら誰があいつの面倒を見るんだ?
                    「……たいじょう……? 退場なんてする……かよ! 俺は……最後まで戦ってやる! おまえのそのマスク……引っぺがしてやるからな……!」
                     投げナイフの有効射程距離はせいぜい五メートル。成金野郎との距離はその約三倍。当たらねぇ。当たっても、まず有効打にはならない。いいとこ一秒、二秒の時間稼ぎにしかならないだろう。……だが、その隙さえあれば、パンナならあるいは――。
                     ブロードソードをその場に置き、右手でホルダーからナイフを引き抜き、力任せに上手投げ――
                     渾身の最後っ屁は、成金の横をゆっくり回転しながら通り過ぎ、朝焼けの空へ消えていった。
                    「ブェッブェッ! 悪アガキ、オモ白イ!」
                     渾身の一投が掠りもしない事に落胆する――そんな意識もかすんでいく。体温が低下し始めているのか、寒気が体中を襲う。震える自分の手を恨みつつ目を凝らそうとしたが、重いまぶたを支える力は既に無かった。
                     ――ブェェッ! と成金が叫び、何かが落ちる音を耳が拾い上げた。
                    「ソレ。遅くなった」
                     続けざまに、すぐ後ろの屋根の上から声が聞こえた。……ジェイ……? 応援が来たの……か。
                    「……レ? ……ソレェ!」
                     消えゆく意識の中、あいつの声も聞こえた気がした。心配かけた、すまん……な――。

                    続き 三章 一節 大都市の光と影

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                    二章 四節 打ち上げ

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                           一章 一節 プロローグから読む方はコチラ

                      「エアさん、こんばんはぁ! マントをお預かりしますね!」そう言って、アイが手を差し出したが、エアは首を横に振って応えた。
                       アイは一瞬当惑して、「じゃぁ席に案内しますね!」と、古参専用ソファーの向かいの席へ歩く。エアはアイに案内されるがままついて行く。空いていた一人掛けソファーの前で立ち止まり、一つ咳払いをした。
                      「エアさん、ここどうぞ!」アイが席に座るよう勧める。
                       エアは何となくはっきりしない表情をして、座る様子を見せなかった。
                      「エア、立ってないで座ってくれよ。あと、マントなら入り口に掛けておけばいいよ」
                       みなさん、とエアが口を開き、
                      「もう一つ謝らせてください。……是非ゆっくりお話をしたいと思っていたのですが、今回の件で設置された捜査本部に、急遽出向く事になりました」そう言いながら深く頭を下げた。
                      「おいおい、別にエアのせいじゃないだろ、頭なんて下げないでくれよ。……それにしても、休む間もなしだな」
                      「パンナさんも行くの? ――って、あれれ?」アイの視線が宙をさまよっている。 アイはパンナに視線を送ったつもりだったが、やつはソファーから姿を消していた。
                      「僕は呼ばれてないタルよぉ」パンナの声が調理場の方から小さく聞こえた。
                       また食い物かあいつは。まぁ、打ち上げに参加されても困るから、今の内にどうぞたらふく食ってくれ。
                      「分かった。じゃあ、顔合わせって事でチームメンバーの紹介だけ済まそう。もちろん急ぎで、な」
                      「ええ、申し訳ございません」エアが目を閉じて軽くうなずく。俺もうなずいてそれに応えた。
                      「ソレとわたしは二人に会ってるから、もういいよね」
                      「ああ、そうだな」
                       じゃあ早速、と言ってキョウに視線をやった。既に立ち上がっていたキョウは、胸に手を当てお辞儀をした。
                      「俺はキョウシロウだ。ちッと長ッたらしい名前だから、キョウと呼んでくれて構わないぜ。俺はコイツを使う事くらいしか能がないが」そう言いながら、腰に下げた刀を左手で掴みかちゃかちゃと鳴らす。「まッ、うまいこと使ッてくれや」
                      「はい、キョウさんよろしくお願いします」エアはそう言って、キョウと同じ様にお辞儀をした。
                      「ほゥ。キレイなお辞儀するねェ」キョウが感心している。
                       東方の挨拶『お辞儀』とやらにも、キレイや汚いという概念があるらしい。
                       ジェイが立ち上がった。そして、おもむろに右腕を前に突き出し、親指を真上へ立てた。
                      「……ジェイだ。よろしく」
                       ――パンナの奴、いらんこと仕込みやがったな。アイが目を点にしている。キョウが上半身を後ろに向けて、肩を小刻みに震わせていた。こいつも共犯か。
                      「あ、え、ええ。よろしくお願いしますねジェイさん」エアが右腕を前に出した。
                      「エア、それはやらなくていいぞ」
                      「ええ? それはどうして――」
                      「おいパンナ戻って来い! 余計なことしやがって」
                      「何タル?」
                       足元から声がした。
                      「うおっ!」
                       パンナは大きなガルカンソーセージを右手に持って、俺を見上げていた。タルタル特有の子供のような顔つきで、さらに無垢な表情をつくっている(――たぶん)。こいつにとっては人をからかう事など、息を吐くのも同義なんだろう。
                      「いきなり人の足元に来るなよ。おまえはちっこいんだから踏み潰しちまうぞ。あとな、ジェイに変な事ばかり吹き込むなよ。うちのエースなんだぞ」
                      「ええー? 変な事ってわかんないけど分かったよぉ」
                       どっちなんだ。
                       まぁいい、気を取り直して。
                      「と、まぁ少人数だが、うちはこの六人で捜査を行うことになった。それと、うちの団長からのお達しで、二班に分かれて捜査をする事になった」
                      「頼りない部下を持つと大変タルぅ」
                      「誰が部下だ。……ジェイとキョウはエアに、俺とアイはパンナの協力を得てこの捜査にあたる。要領が掴めず思わぬ苦労をする事もあるかもしれないが、何か気になった事や分からない事があれば、すぐに捜査官の二人に相談するんだ」
                       パンナとエアに目配せをする。視界の隅で、キョウとジェイも黙って首を縦に小さく振っていた。
                      「わたしとソレはいつも同じ班だね!」
                      「おまえなぁ、そんな嬉しそうな顔するなよ。ティルが『子守』をさせてる事を理解してないのか」
                       アイの無邪気な口調と笑顔にため息がこぼれる。
                      「ああ、そうだ。エアとパンナは顔見知りなのか?」
                      「知らないタル」そう言いながらソーセージを咥え、滑りこむようにソファーに飛び込んだ。
                      「取締局は大きな組織ですからね。彼が私の事を知らなくても当然でしょう。……パンナさんよろしくお願いしますね」
                      「うん、よろしくタルゥ」
                       ケツを向けながら挨拶するやつがいるかよ。
                      「……と言う事は、エアはパンナの事を知ってるのか」
                       知っていてもおかしくはないか。誰もが認める変人だもんな。
                      「取締局の人間でパンナさんを知らない人はいませんよ」そういってエアはパンナを一瞥した後、すぐに俺の方へ顔を戻し、「私は、彼ほど優秀な捜査官を他には知りません」

                       店内のテーブルフロアの中央辺りの一つ。隣席との間仕切りはないが、ぽうっ、と静かに辺りを照らすランプの薄明かりが、自然と周りを意識させない。ここに日々の疲れを癒しに来ている客は皆、思い思いに憩いの時間を楽しんでいる。
                       キョウは、いつにもまして猛烈な勢いで串焼きを口に放り込んでいる。ジョッキを持つ左手も、お留守ではない。そんなキョウをよそに、ジェイは相変わらずいつもの調子だ。兎の姿焼きを一人、黙々と食べていた。
                      「んにしてもよォ、ソレからメシに誘ッてくれるなんて久しぶりじゃねェか? いや、別に何があッたかなんてどうでもいいんだけどな。なんつッても“おごり”だからな!」
                       キョウは豪快に笑いながら唾を飛ばしてくる。口を開くたびに、酒と食べ物が混ざり合った強烈な臭気が襲い掛かってくる。
                       キョウが食べている串焼き――こいつの好物でもある『ミスラ風山の幸串焼き』の材料は、コカトリスの肉、野生の玉ねぎ、ニンニク、カザム辛子。コカトリスの肉は、鳥の肉とも爬虫類の肉ともつかぬ風味で、匂いも独特だ。しかし、この強烈な臭気の元はなんといってもニンニク。このニンニクは、コルシュシュ地方で多く栽培されている。
                       とても滋養効果が高く、重い鎧をつけて走り回る騎士だって、これを使った料理を食べれば一日の疲れを吹き飛ばし、次の日には馬車馬のごとく働ける精力がつくんだ。……この匂いがなければ俺も食べたい。
                       でも、今日は我慢しようと決めていた。ある意味、何かを匂わせる男ならかっこいいが、いくら慣れ親しんだ仲とはいえ臭い男は駄目だろう。
                       今日、みんなを打ち上げなどといって食事に誘ったのは、キョウにタダ飯を食わすためじゃない。アイとの距離を今より少しでも縮めるためだ。
                       今になってこんな事を思うようになったのは、お節介な団長さんの影響……もあるかもしれない。俺は何をやってるんだろうな。五年間も幼馴染と都会で暮らしているのに、サンドリアで暮らしていた時と何の変わりもない。親父は十八の頃にはお袋と恋仲だったっていうし、なんか情けないぞ。
                       だというのにアイの奴は少し遅い。無理に連れ出したパンナが悪いのは分かってるけど、一体何をしてるんだ。
                       ――ふと、エアから聞いたパンナの話を思い出した。若干二十二歳で中級捜査官になり、今から二年前――二十四歳という異例の若さで上級試験を受け、見事合格。本来なら上級捜査官になるはずだったが、現場主義を徹底したため中級捜査官に留まる。
                       確かにこんな伝説を残せば有名にもなるな。見た目も言動もちゃらんぽらんなあいつに、そんな経歴があるなんて信じ難い話だけど。そんな話を前にしても謙遜すらせずに、さも当たり前、と言いたげなあいつの顔を思い出すと、むしゃくしゃしてしょうがない。
                      「なんで酒ッつゥうまいもんがあるのに、わざわざクスリになんて手を出すかねェ? 俺にゃあ全然わかんねェぜ」キョウは酔っ払っているが、えらくまともな事を言った。「これさえありゃ、他に何もいらねェだろ、なぁ?」
                       酒の重要さを問いかけられたジェイがこくりとうなずく。が、賛同してる割に、酒は全く進んでないみたいだ。
                      「まぁ酒はともかく、娯楽が有り触れてるジュノで、薬物を選択する理由は理解できないな」
                      「だろォ? それに、ここにはイイ女がたくさんいるしな」
                      「そうだな」
                      「女と言えば、アイとはどうなッてんだよ」
                      「またそれか。その話はしないって約束だろ。それとも勘定は自分でするか?」
                      「あッ! そんな話はどうでもよかったな! はッはッは!」そう言って目線をテーブルに戻し、串をほおばる。
                       まったく。キョウの調子のよさは、お酒を飲むと拍車がかかるな。
                      「なぁキョウ、ティルが今どこにいるか知ってるか? いつも行き先を教えてくれないんだよ」
                       個人的な理由かもしれないじゃないか、と、ずっと気にしないようにしていたが、パーパに言われて俺の中の疑念が再発していた。しっぽの居ない今、俺達は完全に団長の手を離れて行動している。信頼を置かれている、そう考えれば悪い気はしないが、さすがにこの規模の依頼で肝心の団長がいないっていうのは、傭兵の常識で量ってみても何かがおかしい。今回ティルが姿を見せないのは、個人的な理由からではない、はずだ。と、思いたい。
                       そもそも、ティルって何者なんだ? 俺の考えていた賄賂説は本人に否定された。小さな傭兵団ながら、飛空艇にパスポートなしで搭乗できる高待遇。行き先も言わず、いつもふらりと消える。
                      「ん。さァな。姐さんには何か考えがあるんじゃねェかな」
                      「考えって?」
                      「ん。そりゃ、まァ、アレだよ。バックアップに専念したいとか、稼ぎのいい仕事を探してるとか、ソレに成長してもらいたいとか、……そんな感じゃねェか?」
                      「ふうん……。俺さ、今まであまり気にしたことなかったんだけど、ティルってジュノでの顔がやたらと広いだろ? それについてキョウは何か知ってるのか?」
                      「ああ、その事かぁ。昔、姐さんはジュノの軍に籍を置いてたんだよ。エライさん方に顔が利くのも、そん時の功績のおかげじゃねェかな」
                      「軍?」
                      「ああ? 軍だよ軍。軍隊。サンドリアにもあるだろう? ……国仕えが嫌で逃げ出してきたソレには分かんねェかな。はッはッは!」
                      「別に逃げ出したわけじゃねぇよ、田舎が嫌いなだけだ。大体そういう言い方は――」キョウの無神経さに深く突っ込んでも仕方ない。「そうじゃなくて、だ。サンドリアには軍があるけど、ジュノにはないだろ?」
                      「え? ん、……あァ! ……警備隊、だッたかな!……なんせ昔の事だからなッ!」
                      「あんまり適当な事ばっか言ってんなよ。結局キョウは何も知らないってことか?」
                      「……ソレ、酒が空になった。軽めのものを一杯もらってきてくれ」ジェイが空になったジョッキを突き出して、カウンターの方をちらりと見た。
                       ついさっきまで、ジョッキにふちきりいっぱい入っていたのに、何がそんなに酒を進ませたんだか。
                      「わかった。ちょっと待っててくれ」
                       ジョッキを片手に、隣のテーブルの人たちにぶつからないようにカウンターへ向かう。酒場の入り口をちらりと見ると、ガルカの男が一人入ってきていた。どこかで見たことのある顔だ。
                       ガルカの男は、真っ直ぐにカウンターの一番奥へ歩いていった。いかにも一人で飲むため、という雰囲気の一角だ。頑丈に出来た椅子に大きな体を預けると、一度伸びをし、人差し指を立てて飲み物を注文した。
                       そうだ、バストゥーク大使館の受付カウンターにいた、愛想の無いガルカだ。昼間に被っていたベレー帽はないが、間違いない。髪には少し白髪が混じっていて、表情には壮齢の落ち着きがある。ようにも見えるが、どこか人を寄せ付けない雰囲気を放っている。
                       カウンターの傍にある酒樽の栓をひねりながら、昼間の事を思い返してみる。テーブルに戻り、炭酸の小気味良い音を立てるジョッキをジェイに渡した。
                      「ありがとう」
                      「二人とも。悪いがちょっと席を外す」
                       ジェイはこちらを見てこくりとうなずいた。
                      「なんだァ、ソレがナンパか? どれだ? どの女だァ?」キョウが目の周りを真っ赤にしながらキョロキョロと店内を見回している。
                      「どうしてそうなるんだ。あそこのな」親指でガルカを指す。「カウンターのガルカにちょっとな」
                       キョウの目の色が変わった。大げさに驚いている。
                      「ソレ……。アイに一切興味を示さねェと思ッたら、おまえはそういう趣味だッたのか! 気付いてやれなくてすまん!」
                      「はぁ? ちっげぇよ! 俺は正常だ。冗談も程々にな! じゃあ、行ってくるぞ」
                       そう言い残し、テーブルに背を向けた。後ろで、ハゲがまだくだらないことを言っているようだ。あんな酔っ払いに付き合ってたら変な話で時間がつぶれちまう。
                       ガルカの左隣の席が空いていたのでそこに腰掛ける。それでも周囲に一瞥もくれず、グラスにつがれた黄金色の酒の色を楽しんでいる。ガルカは酒をチビリと舐めて、グラスを置いた。
                      「なぁあんた」声をかけると、ガルカがこちらに顔を向ける。「バストゥーク大使館の受付の人だろ? 俺の事は覚えてるか?」
                       ガルカは、俺を頭のてっぺんからひざ辺りまで見て、
                      「昼前に来た傭兵か。何の用だ」と、抑揚のない、無愛想な声色で答えた。
                      「喋ってみてもやっぱり無愛想なんだな」
                      「やっぱりとは何だ? 突然話しかけてきて無礼な小僧だ」
                      「別にあんたに文句を言ってやろうって言うんじゃないさ。ただ、どうにもあんたの態度が気になっちまってな」
                      「なおさらぶしつけな小僧だ。……何が言いたい?」ガルカは俺から視線を外して、グラスを手に取った。
                      「昼間、俺達の事睨んでたろ?」
                      「……さあな、貴様の気のせいだろう」
                      「そうか。じゃあ……あんた、この国が嫌いか?」
                       ガルカはカウンターの正面を見ながら、飲んでいたグラスをゴトッとカウンターに打ち付けた。
                       少しの沈黙の後、
                      「貴様が何を考えてそんな事を聞くのかは知らんが、ガキ特有の愛国心問答に付き合う気はない」
                      「ただの興味だよ。俺はこの国に憧れてやってきたからな。でも、住めば都……じゃなく、案外退屈な場所だったよ。この国が嫌いってわけじゃないが、あんたと同じで好きではないかもな。俺はいつもあの席で一人で飲んでるんだ」そう言って、観葉植物の陰に隠れた隅のテーブルを指した。
                      「来たばっかりの頃はさ、この国で楽しく暮らしてやろうって思ったんだ。もう、一切過去の事なんて忘れて、思うがままに生きてみようって」
                       ガルカは黙って話を聞いていた。
                      「でも、何かが引っかかってるんだよ。それが何なのかは分からないけど、こう……喉の奥に張り付いた魚の小骨みたいに、ずっと。……傭兵になる事を反対した故郷の親父の事? 一緒に飛び出してきた幼馴染の事? それともおふくろの……本当は何がしたかったんだろうってな。……って、あんたの話を聞くつもりが、俺の話をしちまったな。酔っ払ってたのは俺だったようだ」
                      「下らん話だ」ガルカはふんっ、と鼻をならし、グラスの酒を一気に飲み干し、俺のほうへ体の向きを改めた。
                      「下らない酒のつまみをくれたことの礼でもしてやろう」
                      「そりゃ、ありがたい」
                      「この街の住人は、ワシらバストゥークの人間を敵視している。舐めるように人を監視して、隙あらば抗議の一つでも飛ばしてやろうかという目で見てな」
                      「ここは自由の国だ。まともな人間を責めるような連中はいないさ」
                      「……小僧。傭兵のおまえは知っているだろう。バストゥークの馬鹿な輩どもが、この国の技術を欲しがっている。その一部の馬鹿どものせいで、ワシらまで色眼鏡で見られているんだ」
                      「そうなのか? 俺はここで仕事をしちゃいるが、サンドリア出身だ。ジュノの事は、わりあいに客観的に見えてると思うんだがな。ここはそんなに居心地が悪いか?」
                      「ふん。貴様がサンドリアの木偶だというのは分かっている。喋り方が妙に田舎臭いからな」
                      「はぁ……これでも今日は匂いに気を遣ってるんだがな」
                       俺が苦笑いを浮かべて言葉に詰まっていると、ガルカが神妙な面持ちになった。
                      「ここの住人に全ての責任があるとは思わん。軽率な行動をとる者が、わが国にもいる事は確かだ。……さっきの言葉は忘れてくれ。どうやらワシも軽率だったようだ」大きな頭を小さく下げて詫びた。
                      「いいって、俺だって遠慮してないしな」
                      「……ワシはな、おまえらと話してた奴も気に食わんのだ」
                      「話してた奴?」
                      「新しく本国から来た、あの派手な奴だ」
                      「麻薬取締局の、エアのことか」
                      「そうだ。ジュノとバストゥークがこれだけの緊張状態にあるにも係わらず、あの若造も大概に浅慮だ。連邦捜査官だかなんだかわからんが、勝手に部屋から抜け出しおって」
                      「部屋から抜け出して……それは本当か? あの真面目一本に見えるエアが……」
                      「昨日の昼過ぎ頃にはもうおらんかった。あの若造、来たときにえらく咳き込んでいたからな。この季節だ、乾燥で体を壊さないようにと、風邪薬と水差しを持っていったんだがな、……あの派手な赤い装束を脱ぎ捨てて窓から出て行ったようだ」
                       ガルカは上着のポケットから、薬の入った小瓶をちらりと覗かせた。無骨なガルカが、こんな分かりやすい形での気遣いをするのか、と考えたら可笑しくて笑いがこぼれそうになった。
                       それにしても、エアがパンナと同程度の違反を犯すとはな、いや、さすがにナンパをするために外に出たわけじゃないだろうが。きっと、止むを得ない事情があったに違いない。
                      「我が国の代表とも言える立場の者が、こういう事ではいかんのだ。今や国同士が、経済で静かな戦争を行っているようなものだ。周辺国からの信頼を貶めるような行動は謹んでもらわんとな」
                      「まぁそんなに堅く考えるなよ。エアがジュノに来たのは、このジュノを脅かす連中に大打撃を与えるためだ。多少の粗相があっても、彼が大金星を上げれば、バストゥークの信頼はうなぎ登りだろ。彼の国の人材は優秀だ、ってね。それに、エアは上級捜査官だから、実績の保証はあるんだぜ」たぶん、だが。
                      「いくら仕事が出来ても、中身がちゃらんぽらんでは意味がないのだ」
                      「それを言ったら、ウィンダス連邦は今大きく信頼を落とそうとしているな。あぁ、かわいそうに」
                      「何の話だ?」
                       俺は頭からパンナの影を振り払った。
                      「いや、何でもない、こっちのこと。……それよりも、周りの人間があんたらに冷たいからって意固地になって無愛想に接しても、事態は好転しないぞ?」
                      「ふんっ、やはり生意気な小僧だ。……ワシが無愛想なのは生まれつきだ」ガルカは、表情こそ変えなかったが、微かに優しげな声色でつぶやいた。

                      続き 二章 五節 暁の独断先行


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                      二章 三節 宿命は再び

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                        「んじゃ、僕は寝るタル。アイさんが来たら起こしてねぇ」
                         パンナはお菓子を食べ終わると、そのままソファーで横になって大きないびきをかいて寝始めた。
                         落ち着かない。ただでさえここが落ち着ける場所じゃないのに、むかつく野郎と同じ空間ならなおさらだ。
                         大体まだ昼前だってのに、なんて自堕落な奴だ。しかもそこは『古参専用ソファー』だぞ。名前が書いてあるわけじゃないがそういうもんなんだ。腹立たしい。
                         ティルの言いつけじゃ接待は絶対だが、寝てしまったものはしょうがない――しょうがないよな、うん。
                         入り口近くの帽子掛けからマフラーを取った。下に掛かっている銀刺繍の赤マントが目障りだ。俺は扉をきぃきぃさせないようにゆっくりと開けて外に出た。
                         今日は朝から見事な晴れだ。薄く青色に澄み渡った空に浮かぶ太陽が、長大な『ヘヴンズブリッジ』の端までも鮮明に映し出している。詰め所を出てすぐ見える下方の海の水面は、真っ白で突き刺すような光を湛えていた。港区の、サンドリア行きの便が離陸していく。喫水していた船底から、ざぁっ、と水が零れ落ちて、手のひらに収まりそうな小さな虹が出来ていた。
                         目抜き通りに出ると、大勢の人たちが買い物を楽しんでいた。商人達が露店を開いて、果物や各国の特産品、近海で獲れた魚や家畜の肉、毛織物で作られた布団や防寒具を並べている。高級そうなマフラーを見つけた。晴れているというのに、それを目にした時に少し体が震え、ぎゅっとマフラーを締めなおした。
                         物持ちが悪いせいか、すぐに新しいものに目移りしてしまう。以前にも、剣を買い換えたいという話でキョウと口論になったな。切れ味があまりに悪すぎるもんだから、金のあるうちにもっと強力な物を買おうと思ったのに、『中の国のブロードソードはそういうもんだぜ』なんて、最後には一言で片付けられてしまう。叩き斬るより、斬ってみたいんだけどなぁ。
                         ――これと言って目的があってここへ来たわけじゃない。一人になりたかったのと、強いて言えばお腹が空いている事か。
                         誰も居ない『ベンチャーロール』のテーブルに腰を落ち着けた。海鳥が高い声を発しながら、くるくると空に円を描いている。もしゲームをやりたい人間がいても、どいてくれ、なんて言ってくるのはティルくらいだ。
                         いつ来ても賑わっているこの通りは好きだ。初めてここを訪れた時は、この雑踏が少し怖かったけど、やっぱり人がたくさんいる街は過ごしやすい。街を行きかう人たちを見ていると、ただ毎日を過ごしている自分を少しだけ誤魔化せるような、そんな気がする。
                        「ソレさんですか?」
                         聞き覚えのない声に名前を呼ばれた。振り返ると、顔にタトゥーを入れた白髪のミスラが立っていた。少し息を切らせている。
                        「セイントのソレさんですね?」
                        「ああ、そうだけど。あんたは?」
                        「良かった。さっき事務所にお訪ねしたんですが、パンナからはもう出て行ったと言われたので」ミスラの女は呼吸を整えて、「私は、麻薬取締局の捜査官パーパ・ビッフェと言います」と名乗った。
                         パーパは、今日出会った捜査官達とは全くのあべこべに、深い茶色の地味なマントを羽織っていた。留め具には銅色のバッジがついていて、光を反射して鈍く光っている。
                        「パンナの知り合いか。俺に何か用事が?」
                        「はい、是非小耳に入れておいてほしい話があります。ここでは何ですから、どこか静かな所でお話をさせてください」遠慮がちにセイントの詰め所へ招け、と言っているようだ。三角の耳を少し前に曲げている。
                        「うぅん、詰め所はちょっとまずいな。俺、あいつ……パンナが苦手なんだよ。近くの酒場でどうだ」
                        「……彼は、早速迷惑を掛けているみたいですね。行きましょう」
                         
                         ハチミツ酒亭は、昼間はレストランとして営業している。ストーンチーズを使ったパスタがすごくおいしい。今日も賑わっているようだ。店の前に来ると、食事を終えて出てきた家族連れとすれ違った。
                         扉を手で押さえ、どうぞ、と言ってパーパを先に案内する。カウンターに程近い二人掛けのテーブルを見つけて席に着くと、すぐにパーパが口を開いた。
                        「パンナがご迷惑を掛けてすいません。彼は、少しお調子者なんです。悪気はないのでどうかうまくやってください」
                        「パーパが謝る事じゃないよ。あの性格には我慢ならないけど、仕事だからな。なんとかするさ。……先に注文いいか? 昨日の昼からろくに飯を食えてないんだ」
                        「あ! え、ええ、どうぞ」
                         一息ついているウェイトレスを見つけ呼び寄せた。
                        「ストーンカルボナーラ、一つ」
                        「私はこれで」パーパが、メニューを指差してグリモナイトやサンドフィッシュを使った魚介パスタを頼む。ウェイトレスは注文を確認し、厨房へ向かって歩いていった。
                        「やっぱりミスラは魚が好きなのか?」
                        「え! あ、いや、特別そういうわけじゃないですよ。ペスカトーレだけじゃなくてマリナーラも好きですよ」
                        「それも、魚介パスタだよな。やっぱり魚、好きなんだな」
                         あっ、と言って頬を染めて俯いた。とても恥ずかしそうだ。不覚にもその表情に背筋がぞくりとした。女性をからかうのは好きだ。我ながら嫌な趣味だな。
                        「なぁ、パンナの事を知ってるようだけど付き合いは長いのか?」
                        「あ、はい。彼とは、幼少の頃からの友人です。と言ってもここ数年は疎遠になってましたけど」
                         へぇ、あいつにも友人がいるのか。……男には嫌われてそうだな。
                        「それで、なぜセイントまで?」
                        「はい、彼が局の本部に転勤してくると聞いて、大使館に顔を出しに行ったんですよ。手続きが面倒なのは、ジュノならどの役所もそうですから。だから、退屈しないようにと思ってお菓子も持っていったのに」
                         なんとなく分かってきた。
                        「職員の方に部屋を案内してもらって扉をノックしたんですが、返事が無かったんです。何かあったのかと思って、鍵を使って開けてもらったんですが、窓が開けっ放しになっていて、既にもぬけの殻でした。職員の方もとてもびっくりされてましたよ。世界一の魔法都市ウィンダスでも、赤魔道士の称号を持つ魔道士は少ないですからね。『栄誉と人格は比例しないんですかねぇ』とぼやいてましたよ」
                        「全く同意見だよ。赤魔道士には、人格を問う試験はないようだな」
                         パーパがくすりと笑った。俺も釣られて笑う。
                        「それで、捜査に協力してくれる傭兵団の所にお邪魔になってるんじゃないかと思って」
                        「見事的中したな」
                        「ですね。彼の行動はとても読みやすいですよ、昔から」
                         パーパがまた、あ! と言った。
                        「すいません、話がそれちゃいましたね」
                        「いいよ。それで?」
                         テーブルに注文した料理が届いた。
                         パーパが頼んだ魚介パスタの独特な香りが、食欲を刺激した。胃袋が自分の取り分を思い出し、大きな声でうなり始めた。
                        「実は、傭兵団との合同捜査に対して、当局の職員達の間には疑問の声が多く挙がっているんです」
                        「まぁ、そうだろうな。俺達はただの戦闘要員だ。捜査の素人が現場に出るとなったら邪魔でしょうがないよな。それで文句の一つでも言ってやろうと若手を捕まえて、今こうしていじめてるわけだ」パスタをすすりながら何の気なしに言った。
                        「あ! い、いえ、ちがいますちがいます!」
                        「冗談だよ。続けてくれ」
                        「もうっ……それで、ですね」パーパは口に手を当てて、咳払いをした。「麻薬密造グループには武装している連中が多くいるんです。だから当局の捜査官だけでは対処ができなくなっているんですよ。それと、合同捜査に加わっているのはセイントさんだけじゃないんです」
                        「へぇ、そうだったのか。他の傭兵団にも依頼が行ってるんだな」
                        「ええ、はい。それだけじゃなくて、支局の捜査官が続々とジュノに呼び寄せられてるんです。それで、捜査官が二名ずつ各傭兵団へ派遣されていて、今までに類を見ない大規模な捜査になってきているんです」
                        「それだけ麻薬による被害がひどいってことだな」
                        「はい」
                        「にしても、ジュノにそれだけの被害が出てるのに、他の三国に麻薬被害の話を聞かないのは不思議だよなぁ。新型の麻薬での被害はジュノでしかないんだろ?」
                        「その通りですね。それは我々も疑問に思っていた事なんです。それに気付けたからこそ、一つの仮説を生み出せたと思います」
                        「仮説?」
                         パーパは、少し何か考えているようだ。喋り通しで、食事に一口も手をつけていない。
                        「……ところで、ソレさんは、バストゥーク過激派集団を知っていますか?」
                        「え? ああ、少しなら。ジュノ大公国に対して、飛空艇の技術を公開しろ、と武力で脅している連中だろ? 前に知り合いが所属している大きな傭兵団が、その一派と派手にやりあったって聞いた。でも、多くの傭兵を擁しているジュノに武力で挑むなんて、馬鹿な奴らだよな」
                        「ええ、とても馬鹿げた事だと思います。中立を宣言したジュノが、その科学力で他国を侵略するはずなんてないのに」
                         目の前の皿をからっぽにした。全く手のつけられていないパーパの皿を見て、胃袋がもう一度うなった。
                        「なぁ、食っちまった方がいいよ。冷めたらおいしくないぞ」本当は、ただ目の毒だったからだが。
                        「あ! はい。頂きます」パーパが、スプーンとフォークを使って器用にパスタをすする。
                         なかなか食べるのが早いな。仕事のできる人間は食べるのが早いって聞くが、やっぱり政府直轄の組織に勤めてる人間は一味違うんだろうか。
                         あっという間に皿の上が空になって、グリモナイトの貝殻がぽつんと一つ乗っている。
                        「それでですね」パーパはナプキンで口を拭い、喋りだした。
                         慌てて俺も自分の口を拭いた。
                        「最近は、正確には一年ほど前からですが、過激派の連中がとんと姿を見せていないんです」
                        「一年も前にか。諦めたのか?」
                        「いいえ、そうではないのです。彼等は地下に潜伏しているようなのです。一年前……今回私達が追いかける新型の麻薬が出回り始めた頃と、時期が符合するんです」
                        「つまり、過激派の連中は武力行使を諦めて、内部からじわじわと真綿で首を絞めるようにジュノを弱らせる、そういう作戦に変えたっていう事か?」
                        「はい、確証はありませんが、当局の職員の間にそういった見解があるのです。ただ、大っぴらに表明してしまうと国際問題に発展しかねない事から、真意を伏せられているのだと思います。そのせいで、当局には大きな混乱が訪れていますが」
                        「なるほどな。仮にそれが真実だとするなら、過激派のアジトを見つけて殲滅すればいいんだよな? 数なら圧倒的に傭兵団が勝るだろ。結構簡単な仕事になりそうだな」
                         合同捜査だなんて言っても、結局荒事担当なんだな。ほっとした気持ちと、少し残念に思う気持ちが同時にわいた。
                         ふぅ、とため息をついてパーパが口を開く。「それが、そうもいかないのです。一部の捜査官がその仮説を元に捜査を進めていたのですが、どうやら過激派の連中は獣人と手を結んでいるようです」
                         なんだって?
                        「馬鹿な! やっと人間と獣人の戦いが終わったのに、また獣人が出しゃばってくるっていうのかよ! しかも、人間と獣人が手を結ぶ? そんな馬鹿な話があってたまるかよ!」
                        「あ! ソ、ソレさん、落ち着いてください」
                         店内の客が俺を見ていた。ウェイトレスが困った顔をしている。無意識の内に拳をテーブルに打ち付けていたようだった。
                        「……すまない」
                        「い、いえ、いいんです」
                        「……でも、あんまりだろう。俺達人間は、先の戦争でどれだけ多くのものを失ったんだよ。バストゥークの連中だってそれは同じじゃないか。なのに、何故またそんな事を繰り返すんだ」
                        「本当に愚かな事ですね。……でも、私達はこうして手を組みました。ジュノ政府は、そういった馬鹿げた事を繰り返させないために、傭兵団との合同捜査を決意したのではないかと思いますよ。だから何としても、麻薬密造グループを捕まえましょう」
                        「そうだな。ありがとなパーパ」
                        「いえ」パーパは少し俯き、照れている。
                         いい奴だな。どっかの誰かとは大違いだ。
                        「これが、話したかった事なんだよな?」
                        「あ! はい、そうです。……ソレさんは、何かお仕事をしていて、気付いた事や気に掛かる事はありませんでしたか?」
                        「え? 気付いた事? うーん、まだ捜査も開始していないしなぁ。今はこれといって何も」
                        「……そうですか。もし、何かそういった事があれば私に連絡をしてください。きっと力になれると思います」それと、とパーパが続ける。「セイントの団長、ティルダさんは今どこにおられますか?」
                        「ティル? 仕事が入ったとかで俺達とは別行動してるよ。いつも行き先は言わないんだ。この件に関しては俺に任せているようだから、用件があれば俺に……」
                         パーパが遮るように喋る。「あ、いえ。そうではないんです。確認したかっただけなので気にしないでくださいね。……ソレさん、頼りにしてますね」
                        「ああ。俺に何ができるか分からないけど、全力を尽くすよ。パーパこそよろしくな。パンナよりも頼りにしてるよ」
                         パーパがくすりと笑った。「ええ、至らない点は多くあると思いますが、こちらこそよろしくお願いしますね」

                         いつものゲームテーブルに座る。
                         パーパと別れた後、もやもやとした気持ちを抱えながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。パスタ一皿じゃ足りなかったお腹に、デザートのかぼちゃのパイを入れる。過激派の連中の邪悪なたくらみに胸焼けを起こした。
                         やはり、人間と獣人は争う宿命にあるのだろうか。神々が生み出したそれぞれの種族達。俺達はあまりにも血を流しすぎた。世界は血と恨みの海で満たされている。一つの世界で生きていくには、もうこの陸地は狭すぎるのかもしれない。
                         下層区の街灯を、ボランティアの連中がせっせと灯している。無償で誰かを思いやれる人たちが暮らすこの街を、俺達が守らなきゃいけないんだ。
                         ――そろそろ、エアやジェイ達も来る頃だろうか。
                         寒さに、身を縮こませながら歩く人たちをよけ、居住区へ歩き出した。
                         詰め所の扉をゆっくりと押し開くと、目障りなマントがまた目に入った。はぁ……あいつはずっといるんだな。
                        「ソレ、遅かったねぇ」パンナがソファーの向こうから呼びかける。
                        「なんだ、起きてたのか。スーパーヒーローさんはいい気なもんだな」
                         ソファーの背もたれの影から顔を出して、パンナがじっとこっちを見ている。
                        「そんなトコロに突っ立ってないで、こっちに来たらどうなのタル?」
                        「言われなくてもそうするよ」帽子掛けにマフラーを雑に掛け、パンナを避けて奥のソファーへ向かった。
                        「カルボナーラはおいしかったぁ? 僕も昨日あそこでランチしたんだよねぇ」パンナが視線で追ってくる。
                        「パンナ、おまえ、俺を尾行してたのか?」
                        「うーん、どうだろうねぇ。でも、口元にクリームソースがべったりついてるタルよぉ」
                        「え!」慌てて口を袖で拭った。袖は汚れなかった。
                         ぷぷぷ、とパンナが笑いをこらえている。……こいつ。
                         おぉ、と入り口の扉の方から声がした。キョウだ。
                        「ソレ遅かッたじゃねェか! 今おまえを探しに行ってたんだぜェ?」
                        「ソレ! どこ行ってたの?」アイがキョウの影から顔を出す。
                        「……ソレ、遅い」背の高いジェイの顔が、アイの後ろからぬっと現れた。
                        「三人とも来たようだな。あとはエアだけだ」
                         キョウが、眉をひそめている。「なァにが『来たようだな』だ! おまえが一番の遅刻だぜェ? 全く困ッた隊長さんだな!」
                        「隊長はやめろよな。とにかく三人とも座れよ」
                        「へいへぇい。ご命令通りにしますぜェ」
                         キョウとジェイが、パンナを挟むようにして座った。
                         アイは俺の隣に来ると、布団を畳んでひざの上に掛けた。
                        「今日も冷えるね」
                        「ああ、もう真冬もすぐそこまで来ているな」
                        「そォいやパンナよ。おまえが俺達と組むことになッたのは偶然なのか?」キョウがパンナに話しかける。
                        「うぅん、どうだろうねぇ。ティルにゃんに聞かないと分からないよぉ」と、パンナが首を傾げて答えた。
                        「え? おまえら何で自然に会話してるんだよ。キョウ、パンナのこと知ってるのか?」
                         キョウがニヤつきながら俺を見る。
                        「こいつにはウィンダスに行く度に世話になッてんだよ。いい店知ッててな。ソレも一度『ミスラパラダイス』に連れてッてもらうといいぜ」
                         ジェイが顔を伏せている。ほんのり赤らめているようだ。この人もパンナに毒されてんのかよ。
                         頭に、昼間会っていたパーパが自然と浮かび上がった。なかなかの美人だったよな。ミスラも悪くない。
                        「ねぇ、ソレ。そういうお店に行きたいの?」アイが唐突に疑問をぶつけてきた。
                        「は? な、なんでそうなる! 別に俺はそんなところ興味ないって」
                        「だって、何か考えてる顔してるんだもん」
                         女ってのは妙に勘が鋭い。
                        「ちょっと疲れてるだけだよ。そんな事より、新しい仕事の話は聞いたな?」そう言い、キョウとジェイの表情を確認する。
                         ジェイがこくりとうなずいた。
                        「へへッ。ソレは不安かぁ? セイント史上初の大掛かりな仕事だからな」
                        「いや。もう大丈夫だ。俺達がやる事はいつもと変わらない。だろ?」
                        「……ふむ。分かッてるようじゃねェか。だてに、ただぶらぶらとしてた訳じゃないッてことだな」
                         こんこんっ、と詰め所入り口の扉が、軽いリズムで音を鳴らした。
                        「どうぞ!」アイが大きな声を出して扉に駆け寄る。
                         きぃきぃと大きな音を発して扉が開いた。熟知していない者が開けると、こんな風に豪快に音を出してしまう。
                        「みなさんこんばんは。大変遅くなって申し訳ございません」
                         脇に帽子を抱えたエアが詰め所を訪れた。

                        続き 二章 四節 打ち上げ


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